その恋、記憶にございませんっ!
 っていうか、もしかして、手をつかんだのに人形が動かなかったら、私が寂しがると思って、差し出してくれたんだったのかな。

 そう思いながら、唯は運転している蘇芳の横顔を窺った。

 蘇芳の性格を知った今なら、なんだかそう思える。

 そうであったとしても、この人、言わないかもしれないけど、と思いながら、ちょっと笑った。

「どうした、唯。
 楽しそうだな」
と蘇芳は機嫌良く言ってくる。

「お前が楽しそうだと、俺も嬉しいぞ」

 そうだな、と思った。

 蘇芳さんはきっとそういう人なんだろう。

 人が嬉しそうにしてると嬉しいし、悲しそうにしてると悲しい。

 当たり前のことだけど。

 だから、あのとき、私に手を差し出したんだろう――。

 やっぱり、そう思った。







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