その恋、記憶にございませんっ!
 



 散々迷って、唯は、
「えい」
と勢いをつけ、蘇芳の肩に頭をよせてみた。

 好きかな、と思ったあとで、そうしてみたい、と思ったのだが。

 そんな自分を意外に思ってもいた。

 いや、自分から男の人によってくとかっ。

 でも、それが出来たら、自分は本当にこの人のことを好きなのかもしれないとも思った。

 だが、いざとなると、なかなか勇気が出なくて、つい、えい、と声に出してしまったのだが。

 いや、問題はそれからだった。

 頭をよせたはいいが、いつ、外していいのかわからない。

 どうしたら? と固まっていると、蘇芳が前を向いたまま、
「唯さん」
と言ってきた。

 唯さん!?

 出会ってこの方、呼ばれたことのない呼び方だった。

 蘇芳は硬い表情のまま、こちらを振り向き言ってきた。

「唯さん、昔から、馬には乗ってみよ、人には添うてみよと言うじゃないですか」

 言うじゃないですか?

 何故、敬語、と唯は思う。
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