その恋、記憶にございませんっ!
 




 その夜、訪ねてきた蘇芳に、唯は言った。

「蘇芳さん、婚姻届、見せてください」

 そう言ったときの蘇芳のビクッとした顔は、まるで、いきなり敵に遭遇して、毛を全部逆立てた猫のようだった。

 ……相変わらず、面白いなこの人。

 いや、知ってたけど、と思いながら、
「いいから貸してください」
と手を差し出すと、蘇芳はおそるおそるそれを広げ、唯の手の上に置いたが、離さない。

 捨てられるっ!? と思っている顔だった。

「捨てません……」
と言いながら、唯はその婚姻届を見つめた。

 はっきり自分の字で、前田唯、と書かれている。

「蘇芳さん、これ書いたとき」
と言いかけると、

「無理やり書かせたわけじゃないぞ」
とすぐさま言ってくる。

 ……言ってません。

「私、どんな風でした?」

「どんなって……笑ってたが」

 そうか。
 笑っていたのか、と思いながら、その薄い紙を見る。
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