その恋、記憶にございませんっ!
唯が帰ってしばらくして、ノックもなく蘇芳の部屋の扉が開いた。
執事の宮本だ。
「無事に帰られましたよ」
と言う。
「そうか」
と先程、唯を連れて歩いた庭を見下ろしながら、蘇芳は答える。
唯が無事に帰るか、宮本に後をつけさせていたのだ。
「どうされるんですか?」
うん? と蘇芳は宮本を振り返った。
「唯様もご婚約者の方がいらっしゃるようですが、貴方にもいらっしゃいますよね」
「破談にしろ」
「無理です」
「だが、俺はもう唯と結婚しているのだ。
重婚罪だ」
と四つ折りに折り畳んだ薄い婚姻届をポケットからちょっと出して見せる。
「……見せてください、その婚姻届」
蘇芳は、一瞬、動きを止めたあと、素早く、それをしまおうとした。
「蘇芳様」
この無礼な執事は主人の胸ポケットに手を突っ込もうとする。
ひょいと避けると、
「蘇方様」
と言いながら、迫ってくる。