王子様の溺愛【完】※番外編更新中
この忌々しい朝の出来事は、依人は勿論、親友の鈴子にも相談することが出来なかった。


望んではなくとも、依人ではない男と口付けした事実は変わらない。


相談して軽蔑されるのが怖かった。


(言えない……でも、いつまでも隠し通せない……)


無限ループにはまってしまい、延々と同じことを考えていると、突然、頬をむにゅと摘まれた。


「本当に大丈夫?」


心配そうに窺う依人に、縁の良心はズキズキと痛みだした。


「大丈夫です。実は昨日の夜、推理小説に夢中になって夜更かししちゃったんです。今日はすぐに寝ますので」


縁はにこっと安心させるような微笑むと、依人は「それならいいけど」と追及することなく納得してくれた。


昼休みも後わずかとなり、二人はそれぞれのクラスに戻ろうと立ち上がった。


二人が昼休みを過ごす空き教室は、教室棟ではない奥の旧校舎にあり、廊下は二人以外誰もいない。


「あ、忘れ物」


依人は立ち止まり呟いた。


(先輩、手ぶらだったよね? 先輩用のランチトートはあたしが持っているし)


何を忘れたのかと疑問に思っていると、突然、手を引かれて腕の中に閉じ込められた。


「せ、先輩、忘れ物は?」

「今日はまだ縁にキスしてないよね」

「っ!」


いつもならドキドキするけれど、甘酸っぱいきゅんとしたものではなく、今は冷や汗が出てくるような違う意味のドキドキだ。


「先輩、時間がないです……」

「だめだって。最低一回はしないと、俺乾涸びちゃうよ」


依人は更に密着するように縁を抱き締めると、口付けをしようとゆっくりと顔を近付けた。


(だ、だめ……!)


唇が触れる寸前、縁は思い切り顔を背けた。


「縁……」


依人は抱き締めた腕を解くと、呆然と縁を見つめていた。
心なしか寂しげに見えて、また、縁の罪悪感を大きくさせる。


「ごめん、なさい……っ」


視界が歪んだ瞬間、縁は目を伏せて依人から逃れるように駆け出した。


これでは井坂の思う壷だ。
頭では充分理解していたが、縁に依人と向き合う勇気はなかった。


「おかえり、縁」


教室に入ると、鈴子が笑顔で縁を出迎えた。


「ただいま」


縁はにこりと笑顔を返したつもりだったが、鈴子から笑顔がすうっと消え去った。


(怒ってる……?)


鈴子が怒る時はほぼ無表情になる。


「あたし、縁の一人で抱え込むところ、嫌いよ」


鈴子の言葉を聞いた途端、拭い取った涙がまた溢れ出した。


鈴子に嫌いと言われてショックを受けたからではない。
思っていたより縁の心が限界に来ていたと気付いたからだ。


「ひっ、く……鈴子ぉ……」


クラスメイトが奇異な目を向けている。


それでも縁は涙を止められず、小さな手で鈴子の手をぎゅっと握り締めては、縋るように鈴子の肩に顔を埋めた。
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