王子様の溺愛【完】※番外編更新中
その時、縁の鼓動がトクンと跳ね上がった。


同学年の女子ですら大人っぽい子が多いと言うのに、大学は年上の魅力的な女性が大勢いる。
依人が計らずとも、蝶が花の蜜を求めるように、沢山の女の子が群がっていくのが容易に想像出来てしまう。


(自覚がない、なんてそっくりそのまま返してやりたいです。先輩はとても格好いいから)


「っ、そうですよ」


縁は半ばヤケ気味になって頷いた。


「縁――――」


依人が耳元に顔を近付けると、内緒話をするようなボリュームで囁いた。


「〜っ!」


縁は勢いよくベッドに突っ伏して顔を埋めた。


“――――もっと妬いて、頭の中俺でいっぱいになって”


囁かれた言葉が縁の中で何度も反芻した。






「先輩、食欲はありますか?」


しばらくして平静を取り戻した頃、縁は依人に尋ねた。


「昨日よりはあるよ。少しお腹空いたかな」


(よかった……!)


縁は依人の返事に安堵の息をついた。


「キッチンを借りてもいいなら、温かいうどんを作ります」

「いいよ。縁の手料理は久し振りだから楽しみだな」

「卵も使ってもいいですか?」

「いいよ、使って」

「じゃあ、早速作ってきますねっ。すぐにできるので待っててください」


縁は依人の部屋を後にして、キッチンへ向かった。





「お待たせしました」


十数分後、縁は、作ったうどんの入った器と温かいほうじ茶が注がれた湯呑をお盆に乗せて部屋に戻ってきた。


「美味しそうだね」


依人がベッドから降りると同時に、うどんをガラスのテーブルの上に置いた。


優しい出汁の香りが漂う。
とじた玉子はふわふわとしており、素朴な出来映えだ。


「火傷に気を付けてくださいね」


何度か弁当を作ったことがあるが、依人に料理を振る舞う時は、口に合うか毎回緊張してしまう。


「了解。いただきます」


依人は腰を下ろし、両手を合わせると、うどんを食べ始めた。


「美味しいよ」

「よかったです」


依人の箸は止まることなく、あっという間に器は空っぽになった。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまです」


縁は器をキッチンへ運び、洗うと、薬を飲む為にグラスにミネラルウォーターを注いだ。


「先輩、お水です。お薬飲んでくださいね」


グラスを依人の前に置いたものの、依人は一向に薬を飲もうとはしなかった。


「……後で飲むよ」


目を泳がせてそんなことを言う依人の様子を見て、流石に鈍い縁でも勘づいた。


「ひょっとして、お薬が苦手なんですか?」


縁の指摘に依人はぐうの音も出ないのか、観念したかのように無言で小さく頷いた。


「錠剤は平気だけど、処方されたのが粉で……粉は苦いから」

「無糖のコーヒーも苦いですよ」

「うん、苦さの種類が違うんだよ」


しどろもどろになる依人は、学校では絶対見かけないほど貴重だ。
小さな子どもみたいで、縁の中の母性本能がくすぐられた。


(本人に言えないけど、今の先輩が可愛く見えちゃうな)


縁は堪え切れなくなって、くすくすと小さな声で笑った。
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