王子様の溺愛【完】※番外編更新中
「笑わないの」


依人は手を伸ばして縁の頬を摘むが、かなり手加減しているのか全く痛みはない。


「ごめん、なさい。ふふっ」


縁はそんな少しムキになる依人が可愛くて、愛おしくて、また目を細めて笑い続けた。


(どんな一面を見ても好きだな……でもあたしは鬼になるよ!)


「先輩、我慢してお薬飲んでください」

「どうしても、だめ?」


そう言って縁を窺うように見る依人は、まるで母親からお叱りを受けた子どものようだ。
そんな姿も可愛くてなんでも言うことを聞きたくなるが、そこはぐっと堪える。


「あたしは早く先輩が元気になって欲しいんです。だから、お薬飲んでください。それでも嫌って言うなら……き、キスお預けしちゃいますよ?」


咄嗟に思い付いたことを言うと、依人はメデューサに石にされたように固まった。


「先輩?」


縁は手のひらをひらひらさせて、遠くに行った意識を呼び戻すと、依人はようやく我に返った。


「今から飲むから、お預けは取り消してくれないかな?」

「先輩がちゃんと飲むところを見届けたら、取り消しますよ!」


依人は立ち上がると勉強用の机に無造作に置かれてある、処方された薬を取りに行った。


(やったぁっ)


縁は右の拳をぐっと握り締め、心の中でガッツポーズを取った。


依人はむせないように細心の注意を払い、粉薬を一気に口に入れると、水を流し込むように飲んだ。


「苦い……」


余程苦手なのか、依人は眉を寄せきつく瞼を閉じては苦さを堪えていた。


「よく頑張りました」


縁は手を伸ばして、依人の頭を何度も撫でた。
サラサラとした感触が心地よくて、思わず目を細めた。


「縁、完全に俺のこと子ども扱いしてるでしょ」

「まさかっ、先輩のこと可愛いなんて思ってません……あっ」


咄嗟に手でマスク越しに口元を抑えたが、もう手遅れで、可愛い発言は本人の耳に届いてしまった。


「縁、今俺のこと……」

「なんでもないです……ひゃっ」


縁は少しずつ依人から逃れるように距離を置こうとしたが、すらりと伸びた腕に捕えられてしまった。


「先輩、」


体格差のせいで呆気なく引き寄せられ、胡座をかいた足の上に乗せられる。お腹辺りに腕を回してぎゅっと抱き締められた。


「あまり、男に“可愛い”なんて言っちゃだめだよ」

「うぅ、すみません」


(……調子に乗り過ぎました)


依人の声音は怒っている感じはなく、小さな子どもを諭すような優しい感じだったが、縁は内心反省しながらしゅんと項垂れた。


動物の耳が付いていたら、垂れ下がっているだろう。


膝を抱えていると、頭上からくすりと小さな笑い声が聞こえた。


「別に怒ってないから落ち込まないで」


依人は穏やかで優しい笑みを縁に向けてくれた。


「先輩……」


(先輩は器が大きいです)


縁は心の中でじーんと感動していたのだが、


「ただし、風邪が治ったら、縁にすごいキスするから覚悟してて?」

「〜っ」


耳元でいたずらっ子みたいな口調で囁かれる依人の言葉は、縁を瞬時に茹でダコにさせた。


(もう先輩に可愛いなんて言わない!)
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