王子様の溺愛【完】※番外編更新中
翌朝、二月十四日……デートの日がやって来た。


「眠れなかった……」


昨夜、転校の話をしなければいけないと思うと、眠気がやって来ず、ベッドの上でグダグダとやり過ごしていた。
あまり眠っていないせいで、洗面台の鏡に映る顔は紙のように白かった。


(病人ですか? 折角先輩に会えるのにこの顔は酷いです)


縁は少しでも顔色をよくしようと、蒸しタオルを用意して顔に乗せた。


「これなら分からないよね?」


その後にメイクを施して、何とか顔色の悪さは隠すことが出来た。
パジャマから膝下の裾がふんわりしたスカートとクルーネックのグレーのニットに着替えると、リビングへ場所を移してソファーに座って依人が来るのを待った。


九時に差し掛かろうとした頃、インターホンが鳴り出し、そわそわしていた縁は勢いよく立ち上がった。
鞄を引っ掴んで玄関のドアを開けると、そこには柔和な笑みを浮かべる依人がいた。


「おはよう」


ぎゅっと締め付けられる胸を押さえながら、縁も釣られるように満面の笑みを浮べた。


「おはようございますっ」


五センチヒールの茶色のショートブーツを履いて、依人の元へ近寄ると、コートの裾を掴んだ。


「行こうか」


依人は裾を掴んでいた縁の手を取り、指を絡ませた。


「はい」


(こうやって手を繋ぐことが、もうすぐ出来なくなるんだね……)


縁は無性に寂しさを感じ、縋るようにしっかりと依人の手を握り返した。


今日は映画を観に行くことになり、街中にある映画館へ向かうべく電車に乗り込んだ。
休日なのか、電車内は座る場所がないほど混み合っている。縁達と同じようなカップルもちらほら見られる。


「先輩、吊革ありますよ」


ドア付近に一つだけ誰も掴んでいない吊革があった。
それは縁が真っ直ぐ腕を伸ばしてようやく掴めるほどの高い位置ある。


「じゃあ、縁は俺に掴まっててね」


依人は左手で吊革を掴むと、空いた右手で縁を引き寄せた。


(わわっ……近いよっ。それに先輩いい匂いがする)


沢山の人がいる中で密着するのは、縁には刺激が強過ぎた。


「先輩、大丈夫です……きゃっ」


縁は少し距離を置いてコートの裾を掴んでみたが、また引き寄せられて依人との距離が再びゼロになった。


「転ぶからちゃんと掴まってなさい」

「は、はい……」


縁は頷くと、上気した頬を隠すようにしがみついた。


(あたしって変態かな……先輩の命令口調にドキドキしてる)


電車が発車してから目的の駅まで人口密度は変わらず、二人はゼロの密着した距離のままだった。
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