王子様の溺愛【完】※番外編更新中
「ごめんっ」


依人は勢いよく縁から距離を置いた。


キスに夢中になって無意識で縁を押し倒して触れていたようだ。


(心の準備が出来るまで待つって言ったのに、何やってるんだ。こんなの猿じゃない、ただの犯罪者だ)


押し倒す過程は記憶にないが、手のひらに伝わった柔らかい感触は鮮明に残っており、依人は罪悪感から縁の顔をまともに見ることが出来なかった。


怖がられたり、幻滅されても可笑しくないと思っていた。


「先輩」


しかし、依人の予想とは裏腹に縁は自ら抱き着いてきた。


「縁、なんで? 今の俺が怖くないの?」


恐る恐る縁の顔を見ると、縁からは軽蔑や嫌悪は見当たらなかった。


「怖くないです……」

「よかった。今ので嫌われたかと思った」

「嫌いになるなんて有り得ません! あたし、どんな先輩も大好きだから……」


縁の言う「大好き」に、胸が痛いほど締め付けられるのを感じた。


「だから、あの、いいんですよ?」


ただでさえ、愛おしさに気がおかしくなりそうな心境の依人に、縁は追い討ちをかけるように耳元で囁いた。


「我慢しないで、あたしにしたいことしてもいいんです」


好きな女の子にそんなことを言われて、我慢出来ない男はいない。


“据え膳食わぬは男の恥”と言う言葉があるように、好きな女の子の誘いに乗っかる以外の選択肢はないと依人は思っていた。


しかし、依人はあることに気付いていた。


積極的なことを言った縁の身体が小さく震えていることに。
大きな瞳は潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだ。


「ありがとう。でも、無理して焦らなくてもいいんだよ?」

「無理、してません」


かぶりを振って否定をしているが、相変わらず縁の身体は震えていて怯えているのが明白だった。


「あんなことしておいて説得力はないけど、縁に怖い思いさせてまで触れるのは嫌なんだよ」

「あたしの気持ちなんか、どうでもいいですから」


縁の自分をないがしろにするような言い方を聞き逃さなかった。


(今のは聞き捨てならないな)


「縁」

「はい……ひゃあっ」


依人は突然縁を引き寄せて、座ったまま横抱きする。


「せ、先輩っ」


体格差のせいで、父親か年の離れた兄が小さな子どもを抱っこするような構図に、縁はイヤイヤと身を捩って抵抗を始めた。


「縁は悪い子だね」

「悪い子……?」


依人は鸚鵡返しをした縁の頬をすかさず手のひらでむにゅむにゅと押した。


「ひゃ、にゃにひゅんれすかっ」

「自分のことをなんかとか、どうでもいいって言われると悲しい……だから自分を卑下したりないがしろにする言い方、しないで?」


頬をふわりと包み込み、縁の目を見つめながら言い聞かせた。
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