王子様の溺愛【完】※番外編更新中
「分かった?」

「はい……っ」


縁は湯気が出そうなほど真っ赤な顔をさせたまま、こくんと頷いた。


依人は横抱きした縁を抱き上げると、向かい合うように膝の上に乗せる。
優しく肩を抱き締めると、縁は躊躇いながらも依人の背中に腕を回した。


「困らせて、ごめんなさい」

「俺こそ、いきなり触ってごめんね」


依人の謝罪に縁は無言のままぶんぶんとかぶりを振った。


「先輩の言う通り、本当はまだ怖いです……でも、どうしても、すぐに先輩のものに、なりたくって」


縁の声が次第に震えてたどたどしくなり、依人は何故か消えてしまいそうだと感じた。


「焦らなくても、俺の縁への気持ちは変わらないよ?」


触れたい衝動は絶えず依人の心を燻らせるが、その言葉は嘘偽りのない本心だった。
まだ十八年ほどしか生きていないが、この先縁以上に好きだと想える女の子は現れないと断言出来るほどに。


しかし、見上げた縁の表情から笑顔は見られず、垂れ下がった眉から「不安です」と言っているのが伝わった。


「距離が離れても、あたしのこと、好きでいてくれますかっ……?」


(え……)


縁の発言に、依人は一瞬目が点になった。
何も言えずただ縁を見つめるしか出来ずにいた。


「離れるってどういうこと?」


しばし数分の無言の後、恐る恐る尋ねると、縁は口角を上げて不自然な笑顔をさせると、


「春から札幌に引っ越すことになりました……」


遠い目をさせながら依人に告げた。


「あはは……遠距離ですよ……こんな、漫画やドラマみたいな展開が、自分の身に起きるなんて……びっくりですよ……ふふ」


乾いた笑いを零していたが、瞬く間に縁の瞳から涙が溢れ出し、決壊した。


「あたし、先輩と離ればなれなんて嫌です……お願いです……他の女の人に、心変わりしないでください。あたしだけを見ていてください……」

「っ」


涙声の懇願は、胸に貫く勢いで突き刺さった。


依人はようやく理解した。
縁の抱えていた不安に、先ほど意固地になってオトナの関係を求めた理由を。


「ずっと、これからも先輩の傍にいたいよぉ……っ」


縁は抱えていた不安を爆発させるように、子どものように嗚咽を零して泣き叫んだ。


縁は泣き虫だけれど、溜め込んでしまいがちなところがある。


依人は、今はそんな縁を力一杯抱き締めて、受け止めるしか出来なかった。


依人の腕の中で沢山泣いた縁は、泣き疲れたのか電池の切れたおもちゃのように動きを止めて眠りに落ちていった。
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