王子様の溺愛【完】※番外編更新中
背筋をぴんと伸ばして、姿勢よく壇上へ上がる依人。


誰もが縫い付けられたように彼に視線を向けていた。


(入学式も、こうやって壇上に上がっていたね)


縁はおよそ一年前の入学式の頃、初めて依人を見かけたことを思い起こしていた。


当時、恋愛のれの字も知らなかった今より幼い自分は、人柄を全く知らないにも関わらず、依人の真剣な眼差しに惹き付けられ、柔和な微笑のギャップに叩き堕とされてしまった。




「雪が溶け、暖かな春の訪れを感じるこの良き日に――――」


壇上に立つ依人は周りを一度見渡すと、紙を広げることなく真っ直ぐな眼差しを参列者に向けたまま答辞を始めた。


死に際ではないが、依人との思い出が走馬灯のように縁の脳裏に次から次へと過ぎっていく。


(寂しいよ……)


縁は今にも溢れそうな涙をハンドタオルで押さえながら、唇を噛んで嗚咽を零さぬように堪えていた。


「――――別れは寂しいですが、悲しいことばかりではありません」

「……」


ふと、耳に入ってきた依人の言葉に、縁はぐしゃぐしゃの泣き顔のまま見上げる。


遠く離れているにも関わらず、依人と視線が重なり合った。


依人はきつく瞼を閉じると天を見上げた。
それから顔を前方に向けると柔らかい笑みを浮かべ、穏やかな様子で答辞を再開した。


「……この別れは決して今生(こんじょう)の別れではありません。生きている限り、また会えることだって出来ます。また会えるその時まで、僕達はS高校の卒業生の名に恥じぬよう邁進(まいしん)して参りたいと思っています」


“また会える”
依人のその言葉は、縁の寂しさで凍えた心を暖めてくれた。


(先輩……あたし達は離ればなれになっても、また会えるよね……?)


縁は泣き顔を隠すのを辞めて、依人の答辞を一字一句逃さぬように耳を傾けた。


「――――以上で答辞の挨拶といたします」


依人が姿勢を正し、深く一礼すると、静寂に包まれた講堂は、参列者の割れんばかりの拍手で包まれた。


「うっ、ひっく……」


縁も堪え切れなくなった嗚咽を零しながら、手のひらが痛く感じるほどの大きな拍手を依人に贈った。


「卒業生、退場」


全員立ち上がると、講堂を出ていく卒業生を拍手で見送った。


吹奏楽の別れをテーマにしたJPOPの演奏が、参列者の涙腺を刺激したのか、すすり泣く声があちこちから聞こえる。


「縁、」


卒業生がいなくなった後、鈴子は縁に向けて腕を広げて見せた。


「りんこ……っ」


縁は突進する勢いで鈴子に抱き着くと、子どものように泣きじゃくった。


鈴子はそんな縁を抱き留めては、優しく背中を撫でてくれた。
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