王子様の溺愛【完】※番外編更新中
月日は流れて、三月初旬。
いよいよ縁の高校卒業の日がやって来た。


「もう、なんでこの日に出張なの。縁と外でご飯食べたかったのに」


母はぷくっと頬を膨らませながら、二泊分の荷物を詰めたキャリーバッグを玄関前の廊下に置く。


「あたしは忙しいのに式に来てくれるだけで嬉しいよ」

「ごめんね……?」

「大丈夫だよ。休みになったらここに帰ってくるし」


商談の日取りを指定した職場のお得意先に対して拗ねたり、しょんぼりする母を、縁は笑いながら宥めると、母の表情は笑顔に変わった。


「縁、今日何時に帰ってくるの?」

「遅くても三時までには帰るよ」


転入先で仲良くなった友人と卒業パーティーをするのは後日なので遅くなることはない。


「よかった。夕方に縁の卒業祝いが届くの」

「卒業祝いってなあに?」

「内緒っ」


縁が尋ねると、母は立てた人差し指を唇に当てて、お茶目にウインクをした。


「えー、教えてよー」

「届いたら分かるわよ。縁が喜ぶものだから楽しみにしてて」


母はにこにこと笑みを浮かべながら、縁の頭をぽんと撫でた。


(あたしが喜ぶもの? 文学全集とか?)


縁は首を捻って考えてみたが、母の上機嫌な笑顔を見ると文学全集は違うような気がした。


縁はまだ知らない。
数時間後にその卒業祝いに驚かされることに……。






卒業式が終わり、縁は駅までの道のりを歩きながら友人達とお喋りをしていた。
電車通学は縁だけだが、仲良くなってからはいつも駅まで付き添ってくれた。


転入先の学校は中学から大学までの一貫の女子校だった。
中学からの持ち上がりが多いと聞いて馴染めるか不安だったが、親身に話しかけてくれる子が多くて、今では何年も付き合ったかのような仲までになった。


彼女達はそのままエスカレーターで大学に上がる。


「縁がここを離れるなんて寂しいなぁ」
「そのまま残ればいいよ! 彼氏に編入するように言ってあげてよっ」
「ちょっと、女子校だから無理っ」


彼女達は普段のように普段のふざけた調子でお喋りをしながら笑っていた。


駅に到着し、ここで別れるのだが、名残惜しくて改札を通り過ぎることなく立ち止まる。


「今までこんなあたしと仲良くしてくれてありがとう。皆に出会えてよかったです!」


にこりと微笑みながら言うと、彼女達は一斉に涙目になった。
無言でアイコンタクトを送り合うと、突進する勢いでがしっと縁に抱き着いた。


「ひゃっ」


よろけそうになったが、踏ん張って受け止める。


「離れてても友達だからね!」
「縁のこと、絶対忘れないから」
「休みになったら戻って来てね。うちらも遊びに行くし」


(そんなこと言われたら、泣いちゃうよっ)


彼女達に釣られるように、縁の瞳から涙が溢れ出した。


通りすがりの人が奇異な目を向けていたが、気にも留めず抱き締め合ったまま別れを惜しむように皆で泣いた。
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