王子様の溺愛【完】※番外編更新中
翌朝の九時前。


縁は鈍い筋肉痛を感じながら、珍しく暖かな日差しが射すキッチンに立って遅めの朝食の準備をしていた。


ふんわりとしたチーズオムレツ、プチトマト、コンソメスープ、週に二三度は食べるデニッシュをテーブルに並べると、まだ眠っている依人を起こしに自室へ向かった。


自室へ足を踏み入れると、シングルベッドの上で布団に包まって穏やかな寝顔を晒す依人がいた。


「先輩、起きてください。朝ごはん出来ましたよ」


指先で軽く頬を突っついて見るが、昨日の夜に加えて長距離の移動で疲れていたのか中々起きる気配が見られない。


「先輩、起きて?」


ベッドの淵に座って、依人肩を軽く揺らしている内に、長い睫毛でふち取られた瞼がゆっくりと開いた。
まだ完全に目覚めていないのか、焦点が合っておらず寝ぼけ眼だ。


「おはよ……縁」

「おはようございます……きゃっ」


依人は縁の肩を抱いた状態でもたれ掛かってきた。
密着して伝わる体温に、縁は真っ赤な顔のまま固まってしまう。


「縁……身体は大丈夫?」

「ちょっと筋肉痛があるくらいで大丈夫ですよ」

「よかった……あの時激しくしちゃったから」

「〜っ、なっ、何言ってるんですかっ」


依人の言葉は誇張ではなかったので、昨夜のことがありありと脳内に蘇り、思わず狼狽えてしまった。


その時、背中に依人の腕が回されて、きつく抱き締められる。


「先輩……」


依人の体温を感じるだけで縁の瞳はとろけていく。


「俺、自分でも引くくらい独占欲が強いなぁ……」

「今……何か言いましたか?」


依人の独り言は縁の耳にほとんど届かず、聞き返すと「なんでもないよ」と笑顔で濁された。






朝食を食べ終えた後、縁は食器を洗う依人の隣に立っていた。
依人は座ってていいよと言ったが、傍にいたくて洗った食器を布巾で拭いていた。


(こうやって先輩と過ごせるなんて幸せ……)


特別なことはしていないのにそう思えるのは、隣に依人がいるからだ。


食器を拭きながら縁は無意識に頬を緩ませていた。


「どうしたの? にこにこしちゃって」


縁の表情に気付いた依人は、タオルで濡れた手を拭きながら笑いかける。


「あの……すごく幸せだなって思いまして……」


照れ笑いを浮かべながら、思ったことを告げると依人は目を丸くした。


(あたし、変なこと言ったかな……?)


縁は不思議そうに依人の顔を窺っていると、驚きの表情ははにかんだものに変わった。


「……俺も、縁と同じこと思っていたよ」

「嬉しい。一緒ですねっ」


縁は目を細めて満面の笑みを浮かべた。


(怖いくらい幸せ……もう、あたしは先輩から離れられないよ)


「先輩、」


縁は腕を伸ばすと、依人の背中に回してぎゅっと抱き締めた。
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