王子様の溺愛【完】※番外編更新中
「すみませんっ、遅く、なりました」
ある日の昼休み。
中々来ない縁を食事をせず待っていると、昼休み開始から二十分ほどで息を切らしながら現れた。
「あぁ、大丈夫だよ。俺もついさっき来たばかりだからそんなに待ってないよ」
真面目な縁に罪悪感を抱かせぬように、依人はそう嘘をついた。
「それより、息切らしてるけど、廊下走った?」
「……先輩を待たせちゃいけないって思って」
「急いでくれたんだ。でも、怪我するといけないから今度はゆっくり来てね」
手を膝の上に置いて、肩を上下させる縁の元へ近付き、少し乱れた縁の髪を手櫛で整えた。
縁の髪は柔らかくてふわふわしている。
幼い頃飼っていた柴犬の毛並みを思い出していた。
遠くから見ると、縁は精巧に作られた人形のように見えるが、今の印象は小さな柴犬かうさぎと言った小動物の方が強い。
実際縁に対して愛くるしいと思うことが多くなっている。
ふと、縁の様子を見ると、目を伏せて、真っ赤な顔でぎゅっとランチトートを握り締めていた。
「ごめん、くすぐったかった?」
「いえ、大丈夫です……お昼食べましょう」
「そうだね」
縁の一言で、ようやく二人は食事を始めた。
相変わらず、食事中はあまり言葉を交わさない。
しかし、そんな一時を何度も過ごしても、依人にとって心地いいものだった。
おかかと細かく刻んだチーズが混ざったおにぎりを食べる縁の様子は、まさに小動物そのもので。
依人はその愛らしさに頬が緩みそうになり、ペットボトルの緑茶を一気にあおった。
「佐藤さん」
「はい」
昼ご飯を食べ終え、弁当箱を片付ける縁に声をかける。
「嫌じゃなかったら、連絡先交換しない?」
「あの、いいんですか?」
弁当包みを結ぶ手が止まったまま、縁は目を丸くさせている。
「今日みたいにすぐ行けない日があったら便利でしょ?」
「そうですね」
縁はセーラー服の胸ポケットから薄めのスマートフォンを取り出した。
今は便利な世の中だ。
紙に控えなくても、メールに載せて送らなくても、赤外線通信やQRコードですぐに交換が出来るのだ。
「佐藤さんのアカウントはこれ?」
「そうです。こっちが、先輩のですよね」
二人はスマートフォンの画面を見せ合い、交換出来たことを確認した。
連絡先を交換したことがきっかけで、用がなくても、軽くメッセージを送りあって雑談をするようになった。