王子様の溺愛【完】※番外編更新中
「先輩!?」


目が合うと、縁は大きく瞬きを繰り返した。


「あの、約束したのにごめんなさい……」


縁は薄い掛布団を引っ張って鼻の高さまで顔を隠し、親に怒られた小さな子どものように気まずそうに依人の顔を窺っていた。


「気にしないで。風邪とか深刻な病気じゃなくてよかったよ」

「ご心配お掛けしましたっ」


布団をぎゅっと握り締めたまま、縁は深く頭を下げた。


「寝不足って。北川さんが言ってたように小説読み耽っていたの?」

「はい。読んでみたかった小説が、上中下もある長編で、三日間ほぼ徹夜状態だったんです……やり過ぎですね」


襟に結ばれたえんじ色のスカーフを弄りながら、縁はしどろもどろに打ち明けた。


「そこまでいくと本当に壊すよ」


そんな縁の無茶に、依人は苦笑いを隠すことが出来なかった。


「また放課後迎えに行くから、それまでゆっくり寝てて?」

「迎えって」

「家の近くまで送るから。今の佐藤さんが一人で帰るのは心配だよ」

「だいじょうぶですよ?」

「また倒れたらいけないから、ちゃんと送らせて」


念を押して言うと、縁は渋々と「分かりました……」と頷いた。







放課後になり、宣言通り縁を迎えに行った。


保健室へ入ると、縁は既に鞄を持っており準備万端だった。
目の下のクマが残っているものの昼休みよりは顔色が良くなっている。


「佐藤さんは電車通学?」

「学校(ここ)から近いので歩きですよ」

「俺も徒歩十分のところだよ。俺達そこそこ近所みたいだね」

「意外ですね……でも、あたしを送ったら遠回りになりませんか?」


眉を下げ心配そうに依人を窺う縁。


「気にしなくていいの」

「わぁあ」


依人はわしゃわしゃと犬にするように縁の髪を撫でた。


その後、縁の案内で丁重に自宅まで送り届けた。


「ーー今日はありがとうございました……っ」


クリーム色のごく普通の一軒家の前、縁は何度もペコペコと依人に頭を下げた。


「今日はゆっくり休むんだよ。読書は禁止ね」

「はい……」


読書禁止令を出されしょんぼりした縁の頭に、垂れた柴犬の耳の幻が見えた。


「そろそろ帰るね。お大事に」


明日また会えると言うのに、縁相手だと別れが惜しくなる。
しかし、体調不良の縁を炎天下の中、いつまでも留まらせる訳にはいかず、後ろ髪を引かれる思いで踵を返した。


「あの……っ」


来た道を戻ろうとした瞬間、縁の小さな声が耳に入り、依人の歩みはピタリと止まった。
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