神木部長、婚姻届を受理してください!
「立川ちゃん?」
「あっ……すみません。少し、ぼうっとしてました」
周りの声も聞こえないくらいには考え込んでしまっていたらしい私の前には、心配そうな表情を浮かべて私の顔を覗き込む西内さんがいた。
「西内さん、私、ちょっと用事を思い出したので帰ります」
テーブルに両手のひらをつき、重たい身体を立ち上がらせた私は「立川ちゃん」と私を呼ぶ西内さんの声に振り返らず会社を出た。
もちろん、用事なんてなかったけれど、あのままあの場にいても色んなことを考えすぎて西内さんに気を遣わせるだけだと思ったのだ。
会社を出て、家路を歩く。少し肌寒いくらいの風を感じながら、私はまた聡介さんのことを考え始めた。
聡介さんが、中幡さんと付き合っていたこと。それから、日曜に一緒に食事をしていたこと。
どちらも、私は聡介さんの口から直接聞いていない。私は、聡介さんのことを知らなさすぎる。
私は、聡介さんに全部を見せてきたつもりだったけれど、聡介さんはそうじゃない。私との交際を秘密にすると言ったのも、きっと、私のことなんて本気じゃないからだ。
「はあ」
大きな溜息をひとつこぼす。
頭の中を巡るマイナス思考。勝手な想像から被害妄想までしてしまう自分が嫌になる。
こんなことを考えたって仕方がないことは分かっている。だけど、それでも、私は考えずにはいられなかった。