神木部長、婚姻届を受理してください!
「立川、もしかして田口さんに何か聞いた?」
頭を下げている私の頭上から降ってきた部長の声。私は、ゆっくり顔を上げると首を横に振った。
「違います。田口さんと部長が話してるのを偶然、廊下で聞いてしまいました。ごめんなさい」
私がもう一度小さく頭を下げると、部長は納得したかのように「ああ」と声を漏らした。
「立川、その話全部聞いてた?」
「いえ。その辺りだけしか聞いてないです」
「そうか」
部長は、少し複雑そうな顔をして何かを言い出したいように見えた。だけど、何か躊躇しているのか、何も言い出しそうにない部長の様子を見ながら、私はひとつ決心をして口を開いた。
「神木部長」
「なに?」
「そんな顔しないでください。私、もう神木部長にあんな言動しないようにしますから」
「え?」
「だから、ひとつだけ……これだけは言わせてください」
ごくり、と唾を飲んだ。
恐怖に近いような胸の鼓動を感じながら、私はゆっくり、深く深呼吸をして口を開く。
「私、ずっと、冗談なんかじゃなくて本当に、本当に、神木部長のことを好きだったんです」
それだけは、分かってください。
小さくそう付け足すと、目の前に立つ部長は大きく目を見開いた。
その表情で、彼は本当に私の好意を冗談と受け取っていたんだな、と改めて思い知ってしまった。
私の胸はぎゅっと締め付けられて、切なくなった。