神木部長、婚姻届を受理してください!

 挨拶を終えた西内さんが、ビールジョッキを片手に「乾杯」と音頭をとる。次々に「乾杯」という高らかな声と、グラス同士が触れる音が鳴り響く中、私だけはいつもより明らかに低いトーンの「乾杯」を発していた。


「立川ちゃん、乾杯」

「立川ちゃん、お疲れ」

 グラスを適当に合わせると、周りよりひと足早く腰をかけようとしていた私。そんな私の周りに突然群がったのは、中年の男性社員さん数名。

 私は、その社員さんにグラスを合わせて挨拶をすると、ちらりと神木部長に目をやった。

 神木部長は、隣の課長や他の社員さんと笑顔で話をし始めている。部長のそんな姿にすら、私は胸をときめかせるのだ。

「立川ちゃん、最近仕事はどうだい? 何か困ってることはないかい?」

「あ、えっと、なんとかやってます。香織さんもいらっしゃるので。ありがとうございます」

「立川ちゃん、今度何か食べたいものはあるかい?」

「え? えっと、あの……」

 二人の社員さんに質問攻めに合う私の隣から「始まった始まった」と、面白がっているであろう香織さんの声が聞こえてきた。

 私達の働く機械設計一課は、事務の私と香織さん。それから、機械設計をしている35歳の中幡(なかはた)さん以外は全員男性。しかも、年齢層も高く、20代の従業員というのは私しかいないということもあり、こんな風にして可愛がってもらえているのだ。

 しかし、飲み会の度にこうなってしまう私は、今日もいつものように香織さんに視線でヘルプを求める。

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