神木部長、婚姻届を受理してください!
「……部長」
私の視線の先。数メートル先から神木部長が歩いて来るのが見えた。つい、小さく声を漏らすと、私の目の前に立っている西内さんが私の視線を追って振り返った。
「お、噂をすれば」
にやり、と口角を上げて笑った西内さんに、私は嫌な予感がした。
「西内さん、絶対に余計なこと言わないでくださいよ⁉︎」
余計なことを言われてこれ以上部長と気まずくなってしまうのはごめんだと思った私は、西内さんを睨みつけるようにしてそう言った。しかし、へらへらと笑い続けている彼はきっと、私の言いたいことなど微塵も分かっていないに違いない。
私は、視線を落としてこちらに向かって来ている神木部長が何事もなく通り過ぎてくれることを祈り続けた。しかし。
「部長」
私の願いは虚しく、後数メートルで私達の横を通り過ぎようとした神木部長を西内さんが呼び止めてしまった。
「ん? どうした」
「あの、神木部長は、正直なところ立川ちゃ……」
「ああ!部長、あっちで香織さんが呼んでるみたいです!さっき香織さん、慌てて部長のこと探してましたから急いで行った方がいいかもです!」
間違いなく余計なことを聞こうとした西内さんの言葉を大声で遮り、私は事務所のある方を指差した。