神木部長、婚姻届を受理してください!
香織さんは、やれやれ、というような表情を浮かべると、ビールジョッキを片手に立ち上がり、私と中年男性の間に無理やり割り込んだ。
「ちょっと田口さん、沙耶ちゃん困ってるじゃないですか。あ、それより。ほらほら、課長が田口さん呼んでるみたいですよ?」
「本当かい? 仕方がない。少し行ってくるよ」
田口さんが渋々席を立つ。すると、田口さんが去ったからなのか、香織さんの圧のおかげなのか、周りにいた社員さんは私と香織さんのそばから離れて飲み始めた。
「すみません」
両手を合わせてぺこりと頭を下げる。すると、香織さんは「いいわよ。このくらい」と言って早くも空になりかけているビールジョッキをテーブルに置き、ドリンクメニューを見始めた。
「今日は沙耶ちゃん、あんなにウキウキして来たっていうのに席が遠くて残念ね」
視線はメニューへ向けたまま、口角を上げて笑っている香織さん。きっと、落ち込んでいる私を面白がっているに違いない。
「香織さん、もしかして面白がってます? 私、本当に落ち込んでるんですよ。面白がってないで、何とかしてください」
「だって、面白いじゃない。あんなおじさんのことで一喜一憂する沙耶ちゃん」
「おじさんって、部長がですか?」
香織さんの言葉に目を丸くする。すると、香織さんはテーブルの上に備え付けられている注文ボタンを押しながら首を縦に振った。
「だってそうでしょう? 私はそんなに変わらないけど、沙耶ちゃんからしたらおじさんじゃないの」