あなたのお家はどこですか?
23時頃から遅くとも24時45分までの間。
これが岡園さんの“帰宅”時間だ。
どこで飲んでいるのか詳しくは知らないが、酔っていても電車にはちゃんと乗れるらしい。彼女の帰宅時間が終電時刻より遅くなることはほとんど無い。
毎日どこかの店で飲んでいるのかと思いきや、そうでもないらしい。
部屋着っぽい軽装で現れることもあるので、気になって聞いてみたら、家で飲んでいて、飲み足りなくなり、酒を買い足しにコンビニに行った帰りに、酔いが回ってきて僕の家に辿り着いてしまうこともあるらしい。
「んー?あれー?」
今日も軽快に酔っ払った岡園さんは、僕の顔を不思議そうに見つめてから、ふにゃりと笑って「ただいま」と言った。
千鳥足でそのまま歩いて行って、服を素早く脱ぎ捨て、下着姿でベッドへと潜り込んだ。ここまで約1分、いつも通りの早業だ。
最初に見たときは、驚きのあまり立ち尽くしていたけれど、今となってはその一連の流れを淡々と見守っている。
岡園さんは自分が酔っ払うとどうなるか知っているため、飲む前にはあらかじめ化粧を落とし、酔いが回る前にマウスウォッシュで口内洗浄までしているらしい。
つまりは酔いが回った頃、すなわち僕の家に辿り着く頃には、すでに寝る準備が万端なのである。
ベッドに入ってすぐに岡園さんが静かに寝息を立て始めたのを確認して、僕はベッドサイドに腰を下ろす。
朝仕事に出掛けていく姿とはまるで別人だ。ばっちり化粧をしている時の岡園さんは、一見美人OLに見えなくも無い。酒癖さえ悪くなければ、それなりにモテるだろう。
それに比べて、化粧を落とした岡園さんは、僕より六つも年上だと言うのに、随分幼く見えた。
その無防備な姿にふっと笑って、僕は思わず心の声を漏らした。
「……人の気も知らないで」
思わず柔らかそうな彼女の頬に触れそうになって、慌てて手を引っ込める。
真鍋には何にもないと言い切ったけれど、この無防備な寝顔を見て、彼女に手を伸ばしかけたのは、一度や二度ではない。
「あー、もうっ!!」
苛立つ心を鎮めながら立ち上がり、僕は洗面台でガシガシと乱暴に歯を磨いた。
「今夜もよく眠れそうにないな」
全ては、この迷惑極まりないはずの酔っ払いに、僕があろうことか恋心を抱いてしまったせいだ。