ここにはいられない
ゴンゴン!
ラジオだけが流れる静かな部屋に異質な音が響く。
一瞬何の音かわからなかったけど、誰かがドアを叩いていると気付く。
こんな時にまともな来客なんてあるはずない。
だって引っ越したばかりのこの部屋は両親ですら来たことないのだから。
そう思ったらザアアアアッと音がするほど血の気がひいた。
かぶっていた毛布をさらにきつく引っ張って、必死にしがみつく。
ゴンゴン!!
さっきより強めにドアが叩かれる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い━━━━━
誰か助けて!
ゴンゴン!!ゴンゴン!!
諦める様子のない気配につぶった目の奥で涙があふれた。
噛みしめた奥歯をすり抜けて嗚咽が漏れる。
ゴンゴン!!
「菜乃!」
ゴンゴン!!
「菜乃ー!」
聞き覚えのある声で、けれどその声では一度として呼びかけられたことのない名前。
理解するより早く、ライトを手に玄関に向かった。
確認することなくドアガードと鍵を外し、一気にドアを開ける。
「菜乃!」
「・・・千隼?」
常に暗い玄関は暗いまま、ドアを開けても同じような闇で、そこに立つ黒い人影が確かに千隼であるとは確認できなかった。
疑問系で呼んだのに返事はせず、少し強引に玄関の中に入ってくる。
そして多分、抱き締められた。
身動きが取れなくなった私が持っているライトは靴だけをわずかに照らしている。
そのため私の目に映るのは相変わらず暗闇ばかりで視覚では確かなところはわからない。
けれど包み込む体温と、顔に当たる骨と、背中を強く引き寄せる腕を感じる。
ずっと走ってきたのか耳元で荒い呼吸が繰り返されていて、その息は私の髪の毛をわずかに揺らした後、首筋に届いた。
「千隼?」
もう一度問いかけたのにやっぱりそれには答えない。
もしかしたら言葉ではなく何らかの反応で返事をしているのかもしれないけど、闇の中では確認できなかった。