ここにはいられない
大ちゃんは空元気も出せないほど落ち込んでいた。
ほとんど話さずお酒ばかりガブガブ飲んでいる。
大ちゃんがよく食べる焼き鳥や塩やきそばをすすめても、黙って首を振りまた焼酎を呷る。
会話の糸口すら掴めずに困って、私も「千隼、早く来ないかなー」と時計ばかりを見ていた。
「千隼、遅いな」
俯いたまま腕時計に目を落とした大ちゃんがポツリと言った。
「来週から議会が始まるから、その準備で忙しいのかも」
今年入ったばかりの私にはそれほど大きな案件はない。
だから議会質問の準備もほぼなくて、先輩方ばかりが遅くまで準備に追われている。
議会の前と会期中はどこの課でもバタバタしている。
議員の急な思い付きで質問が飛んでくることもあるから気が抜けない。
対応するのは部長や課長だけど、準備するのはもっと下の人間だ。
千隼は7年目らしいから、もう立派に戦力だろう。
それなら日付が変わる前に終わるとは思えなかった。
「俺、里奈と別れることにした」
そういう話じゃないかと思っていた。
大ちゃんが里奈と別れるなら私にはチャンスのはずなのに、頭が痛くなるばかりで喜びは湧いてこない。
「この前の停電の夜、遅くなったけどさすがに帰ったんだ。あんな時に一人はやっぱり辛いだろうと思って。だけど里奈は帰って来なかった」
これから聞く内容はきっといいことじゃない。
そう身構えて、私はビールのジョッキをテーブルに置いた。
「里奈、別の男の家にいたんだって。会社の同僚で、俺とのことずっと相談してた奴。次の日帰ってきて問い詰めたら、泣きながら謝られた」
耐えられなくて頭を抱えた。
里奈は、そういう子だ。
ひどく不安定な子だとわかっていた。
だから「帰った方がいい」と言ったのに。
「俺も色々悪かったけどさ、でも、もう・・・無理かな」
大ちゃんは吐き出した溜息の分を取り戻すようにお酒ばかり飲んだ。
何杯飲んでも全然いつもの明るい大ちゃんにはならないのに。
反対に私はお水一口飲む気持ちになれず、半分以上残ったビールや焼き鳥や塩焼きそばをただただ見つめていた。
千隼が1秒でも早く来ることを祈りながら。
けれど日付が変わっても、千隼はとうとう来なかった。