ここにはいられない
「なんか緊張する」
そう言ってヘラヘラと笑いながら大ちゃんは部屋に入った。
リビングの真ん中に立ってぐるりと見回す。
「随分殺風景だなー」
「最近引っ越したばっかりだから。隣の部屋にはまだ開けてないダンボールもあるよ」
キッチンに立ってあたたかいほうじ茶を淹れた。
あえてマグカップに並々と。
飲み会の後や身体が冷えた時、ことあるごとに千隼がそうしてくれたように。
あたたかいお茶は心も温めてくれるから。
大ちゃんにも、元気を出して欲しいと思ったから。
私の部屋に大した家具はないのだけど、唯一大きな書棚が一つある。
大学入学の時にお年玉を貯めたお金で買ったもので、丈夫で大容量で、しっかりとしたガラス扉がついているものだ。
そのガラス扉のおかげで地震にも耐えた頼もしい私の宝物。
両手にマグカップを持ってリビングに向かうと、大ちゃんはその書棚の前に立っていた。
わざと少し音をたててマグカップをテーブルに置く。
その音で大ちゃんはゆっくりと振り返った。
「ああ、ありがとう」
大ちゃんはそれ以上何も言わずに、私が好きな本をもう一度チラリと一瞥した。
それだけで私は心の中に土足で入り込まれたような気持ちになってしまった。
大ちゃんにその意志がないこともわかっていて、理不尽な感情だともわかっていて、それでもその不快感は拭えなかった。
書棚の中は私の好きな本ばかりで、それは私にとってほとんど頭の中同然だった。
別に恥ずかしいような本が並んでいるわけでもないのに、それを丸ごと見られることに言い様のない抵抗を感じた。
これまで誰かに書棚を見られたことはなく、当然こんな気持ちになるのも初めてで、私自身かなり戸惑っていた。
「あっつ!菜乃、沸騰させ過ぎ」
「あー、ごめんごめん」
「謝り方が軽い!火傷したのに!」
「本当に申し訳ございませんでしたっ!」
「今度は嫌みだなー」
お互い必死に明るく振る舞おうとしているのが感じられて苦しい。
今までどうやって会話してきたのか思い出したくても、こんな状況は経験がないから参考にならない。