ここにはいられない
マグカップを置いて顔を上げると、大ちゃんも同じようにこちらを見ていた。
目が合って、空気が変わる。
大ちゃんの目は私を飲み込もうとするように深く、強い引力を持っていた。
そこから目が離せない私の視界の外で、大ちゃんの手がゆっくり私に伸ばされる。
そっと腕を引かれて身体は大ちゃんの方に倒れていった。
あたたかい体温に包み込まれて、深く呼吸する。
これが大ちゃんだ。
私がずっとずっと求めていたぬくもり。
頬に当たる肩の骨の感触も、首筋の匂いも、全部大ちゃんだ。
思った通り、大ちゃんの腕の中はホッとする。
身体の力を抜いて身を預けられる。
きっとこのまま眠ってしまえるくらいに安心できる腕だ。
こんなことをされるのは初めてなのに、まるで違和感がない。
まったく想像していた通り。
目盛り通りきっちりすり切りの。
期待を毛ほども裏切らないのに、私の胸の中には納得以上の感情が生まれなかった。
もしこれが高級ステーキの話だったら「やっぱり思っていた通りにおいしい!」と喜べたと思う。
それなのに今はなぜか喜べない。
思った通りなのだから十分だ。
それより上を望むなんてただのワガママ。
そう理屈を説いてみたところで、心にはさざ波ひとつ立たない。
腕の力を弱めて大ちゃんが少しだけ離れる。
暗い目は私を映しているようで映していない。
私とは別の何かを見たまま、大ちゃんの奥に熱が灯る。
ほんの一瞬躊躇った。
ファーストキスなのにな、って。
ずっと捧げる相手は大ちゃんがいいって思っていたはずなのに、何かが私を戸惑わせていた。
それはもちろん里奈に対する後ろめたさもあるけれど、それとは別の違和感もあって・・・。
だけどその正体を掴む前に、唇は重なっていた。