ここにはいられない
タクシーが到着するまでには15分ほどかかった。
傘を持っていない大ちゃんを送るため、私も部屋を出ることにする。
「菜乃、ごめん」
靴を履いて向き合った大ちゃんは本当に申し訳なさそうに、けれど迷いのない表情でそう言った。
「いいよ、別に」
「俺、やっぱり里奈しか考えられない」
「知ってる」
「本当にごめん」
大ちゃんはもしかしたら、私の気持ちに気付いていたのかもしれない。
わかっていて、その気持ちを利用しようとしたのかもしれない。
それほどに追い詰められていた。
だけど今の私には感謝の気持ちしかない。
色んな気持ちをたくさんもらった。
そして今、自分の気持ちがはっきりとわかった。
「忘れよう。だから謝らなくていい」
「菜乃」
「こんなの浮気の内に入らない。気持ちがちっとも伴っていないんだから。お互いに」
「ちっとも?」
「産毛の先ほども全く」
「産毛の先程度にはあるよ」
「ごめん、私はない」
「ひどいな」と大ちゃんは少しだけ声を立てて笑った。
「今日のことはなかったことにしよう。だから里奈にも絶対言わないで」
「うん、そうだな」
「大ちゃん、頑張ってね」
私は大ちゃんに向かって笑いかけた。
大ちゃんに対してこんなに屈託なく笑顔を向けたのは、きっと想いを自覚する前の小学校以来だ。
よかった。
二人の幸せを心から祝福できる。