ここにはいられない
タクシーまでのほんの10m相合い傘をしただけで、肩と足元がぐっしょりと濡れた。
大ちゃんがシートに乗り込むと、運転手さんが軽く頭を下げる。
「遅くなってしまってすみませんでした。ものすごい雨で視界が全然利かないんですよ。今日は少し時間がかかります。場所によっては通行止めになってますから」
「どこか冠水でもしてるんですか?」
少し身を屈めて近づかないと声は全然聞こえない。
運転手さんもほとんど叫ぶように話す。
「国道から2本裏に入ったところはダメですね。あそこはちょっと降るといつも冠水しますから。それから山の方では避難指示が出たみたいですよ。土砂崩れの危険があるらしいです」
冷たい欠片が心臓を滑ったようにヒヤリとした。
雨に濡れたせいじゃなくて脚が震える。
「気を付けてね」
そう言ってタクシーから離れた。
ドアが閉まり手を振る大ちゃんに義務的に手を振り返しながらも、私の目に大ちゃんはもう映っていなかった。
バクバクという心臓の音は強い雨音にもかき消されることなく、私の体中に響く。