ここにはいられない


いつも思うのだけど、避難場所ってどのくらい安全なのだろうか?
本当に土砂崩れがあった場合、その小学校は無事なのかな?
それとも危なくなったらまた別のところに誘導するのだろうか。
そもそも事故に遭わずにたどり着けたかな。

もしも、考えたくないけど、もしも千隼に何かあったら、私は絶対に後悔する。
自分の気持ちに気付くのが遅かったことはもちろん、ここでただ外を見ていたことも。

一度着替えたパジャマを脱ぎ、厚手のニットとデニムを着る。
衣装ケースから冬物を引っ張りだして、ダウンコートに帽子に手袋、マフラーも身につけた。

雪でなくてもこの時期の雨はとても冷たい。
濡れた身体はもっともっと冷えるだろう。

タクシーを待ってる間に、いつ買ったのかも覚えていないカイロをお腹と背中に張り付けて、濡れることを想定してタオルも用意した。




公舎に着いたのは深夜3時過ぎだった。

私が出ていった後のB棟には千隼しか住んでいなくて、だから今は誰もいない。
唯一の明かりである街灯も、激しい雨で弱々しくなっている。

ほとんど暗闇の中に、ドアノブの銀色だけが鈍く光って見える。
千隼は毎日どんな思いでこのドアノブを掴んでいるのだろう。
大抵は疲れ果てて、感情も何もないかもしれない。

自分の部屋から走って来て、勢いよくこのドアを開けたことを思い出す。
たった数十mが怖くて怖くて、ほとんど泣きそうだった。
時刻もちょうどこんな真夜中。

今はどうしたことか全然怖くない。
誰もいないのに、こんなに暗いのに。

きっと一番怖いのは、ここに千隼が帰って来ないことだから。





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