ここにはいられない



どれくらい時間が経ったのか、ずいぶん雨足は弱まったように思う。
それでも通常の雨の日程度に降り続けていて、まだまだ止みそうにない。

ドアに背を預けしゃがみ込んだまま、タオルを握り締めてただただ降る雨を見ていた。


あの日、あの停電の夜、千隼もこんな気持ちで私に会いに来たのだろうか。
ただひたすら心配で、何の駆け引きも打算もなく、ある意味では相手の気持ちすら考えないほど盲目的に。

こんなことしてバカみたいだと自分でも思っている。
これくらいで心配していたら、消防士や警察官の家族はどうするのだ?って。

だけどもし、千隼の身に何かあった時、のうのうとベッドで寝ていたりしたら生涯後悔すると思う。
何の意味もないとしてもここで千隼を待ちたい。
少しでも早く元気な顔が見たい。

一緒に住んでいた頃なら、帰ってくるのは私のところだったのに。



バクバクしていた心臓も今は落ち着いている。
寒さと疲れで頭がボーッとしてきて、うまく回転していないせいだ。
大ちゃんに抱き締められキスしたことも、まどろみの中の夢のように現実感が薄れ、正直なところどうでもよくなっていた。

避難指示は解除され、特別事故のニュースも見られないのにまだ千隼は帰って来ない。

長い間同じ景色を見続けていたから、色んな感覚が麻痺してきた。
寒さと、同じ姿勢を続けている身体の痛みと、自覚してから深まる一方の千隼への想いだけが、今わかるすべて。

ほとんど足音のしない歩き方や、まばたきだけの返事や、目を伏せて微笑む仕草や、やさしく響く厳しい言葉や、まだまだ知らない千隼をこれからもたくさん知りたい。
あの苦しくて居心地の悪い腕の中で、今度こそおかしくなりたい。




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