ここにはいられない


千隼の部屋は最後に見た時と何も変わらず、「必要なものを必要な分だけ」という素っ気なさで、私をあたたかく迎え入れてくれた。

「詳しいことは後でゆっくり聞くから、とりあえず身体あっためよう。絶対見たりしないから風呂に入って」

珍しく口数も多く、表情も豊かな千隼は浴槽にお湯を溜め、タオルや着替えや歯ブラシや、なんだかたくさんのものを押しつけて私をお風呂場に押し込んだ。

一晩中仕事してた千隼の方が先に使うべきだと思うけど、反論させてくれる余地も、そんな体力もなかったから、言われるままにお湯を借りた。



バシャンと顔をお湯につけて、眠っていたことに気付いた。

危ない。
こんなところで寝たら千隼に迷惑がかかってしまう。
引きずるようにお湯から身体を持ち上げ、浴槽を出る。

フリース素材のルームウェアはあったかかったけど、だいぶ大きいせいで妙にスカスカ身体から浮く。

「・・・ありがとう、ございました」

恥ずかしいから深々と頭を下げると、

「俺入ってくるから、それ飲んで待ってて」

と千隼は私の横をすり抜けていった。


よく一緒にご飯を食べた懐かしい黒のローテーブルの上には、マグカップいっぱいのほうじ茶がほかほかと湯気を上げている。

部屋の中はお風呂上がりには暑すぎるほど暖房が利いていて、むしろ少し汗ばむほどだった。

言われた通りソファーに座ってほうじ茶を一口飲む。

私が覚えていたのは、そこまでだった。




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