ここにはいられない
雨上がりの朝は、差し込む光さえ湿っている。
その弱々しい明るみの中で私が見たのは、視界いっぱいに広がる紺色だった。
疲れて、睡眠不足で、冷えた身体が暖まって。
そんな状態だったからすっかり寝入ってしまったけれど、率直に言って寝心地がいいとは言えなかった。
窮屈で暑い。
まだ寝足りない目は完全には開かず、そのままぼんやりと紺色の正体を考える。
少し身じろぎして視界を広げると、紺色はコットンのシャツだとわかった。
襟刳りからはゴツゴツした鎖骨がのぞいている。
・・・さすがに理解した!
痙攣したように距離を取ると、身体に巻き付いていた腕に力が込められて引き戻される。
重かったのは布団だけではなくこの腕のせいだったようだ。
「暴れると、落ちるよ」
半分以上眠ったままの声で言われるけれど、私はもう眠れない。
「じゃあ、落ちる」
「落とさない」
見回して見ると私がいるのはリビングで、床に敷かれた布団の上のようだった。
それなら落ちたって痛くもなんともないのに。
見えないのに、登頂部に当てられたぬくもりが唇だって、どうしてわかってしまうのだろう。
そのまま固まっていると、スースーという寝息が頭に直接響いてきた。
気付かなければただ重く暑いだけだった腕の中。
今はその堅さや、厚みや、匂いや、ラインといった生々しい男の人の感触が直に感じられて、どんどん追い詰められていく。
疲れているのだから寝かせてあげたい気持ちと、私の心臓が保たないのと、どっちを優先するべきか、回らない頭を必死に回す。
「・・・すごい心臓」
耳からというよりも、直接脳に声が入ってくる。
「こんな状況初めてだもん」
「初めてじゃないよ」
「初めてだよ!」
「初めてじゃない。一緒に住んでた時、俺のベッドに入ってきたことある」
「嘘!」
「嘘じゃない。寝ぼけて入ってきて、寝ぼけて出ていった」
言ってよ・・・。
その時ちゃんと起こして追い出してよ。
淡々とした毎日の中で、そんな濃密な接触があったなんて気付かなかった。
「おかげでこの布団からはずっと菜乃の記憶が消えない」