ここにはいられない

歯切れの悪さで、言いたいことの9割は予想がついた。
大ちゃんにはわからないように、鼻からこっそり溜息を吐き出す。

「里奈とは仲直りできた?」

「うん。やっぱりまだスッキリとはいかないけど、予定通り結婚する」

「そっか。おめでとう」

ここで話を終えたかったから、私は大ちゃんに背を向けてもうひとつのポットにお湯を入れ始めた。

だけど大ちゃんはそれを察してはくれなかった。

「菜乃、ごめん!俺、本当にどうかしてた」

「『忘れよう』って言ったよね。もういいから」

「いや、もしかしたらキスだけじゃなくて、あのままその先もしてたかもしれないと思ったら、本当に菜乃には悪いと思って。もう一度謝りたかったんだ。ごめん!」

正直なところ、朝から職場で『キス』だとか『その先』とか口にされる方が迷惑だった。
謝罪するつもりがあるなら、もうこのことには触れないで欲しい。

「あれ以上だったらさすがに突き飛ばしてた。お酒も入ってたことだし、もう気にしないで。里奈には言ってないよね?」

「言ってない。言えない」

「じゃあ、これで終わり。私も仕事だから、大ちゃんも帰って」

溢れ出していたお湯を止めて、ポットを拭く。
ずっしりと重くなったポットを両手に持って振り返り━━━━━血の気が引いた。

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