ここにはいられない
私が起きている時間帯に帰ってくれば、温め直して出している。
わざわざ『遅くなります』と言うのだから、帰りはきっと深夜になるのだろう。
冷めてもおいしいものか簡単に温められるもの、それからあまり胃に負担がかからない軽めのものがいいかなー、とメニューに頭を切り替えた直後、場違いなほど明るい声が入り込んできた。
「おー、菜乃!」
油断していたことと直前までトーンの低い会話をしていたせいで驚いて、背中が極端に跳ねた。
けれど今度はちゃんと言葉が出る。
「わ!びっくりしたー。━━━━━大ちゃん!」
給湯室の外からニコニコ手を振る榎本大地は、幼稚園から中学校までずっと一緒の同級生だ。
そして、ずっと私が想い続けている相手━━━━━。
別の高校に進学しても実家が近いから付き合いは続き、もう離れようと私は思い切って他県の看護大学に進学した。
大ちゃんの方は県内の大学に進んだため接点はなくなって心穏やかな数年間を過ごすことができたのだけど、今年4月に私が市役所に採用されて、再会してしまったのだ。
大ちゃんは大学卒業後、地元の農業用品を販売する会社に就職したらしい。
私用、社用様々な理由で市役所には来ていて、1ヶ月に1回程度顔を合わせている。
狭い土地なので再会までは予想していたけど、こんなに頻繁に会うとは思っていなかった。
「あれ?千隼って菜乃と知り合いだった?」
私の隣に立つ彼を大ちゃんが親しげに呼び捨てしたから驚いた。
〈ちはや〉と言うのか、と心の中で納得する。
タイミングを逃した結果、お互い名乗ったことも、呼び合ったこともないから、彼は私の名前を知らないのではないかと思っている。
私の方はたまたまテーブルの上に投げ出されていたダイレクトメールで『榊千隼』という字だけは知っていた。
「え?大ちゃんこそ知り合い?」
「知り合いなんて他人行儀なものじゃないよ。先週だって一緒に飲みに行ったばっかりだし」
確かに先週「友達と飲みに行くから」と夕食を断られた。
その『友達』が大ちゃんだったらしい。
「そっか。菜乃は俺と高校違うんだもんな。俺と千隼は高校の同級生なんだよ。そういえば二人とも市役所職員だから知り合いでも不思議じゃないか」
「う・・・ん、まあ」