ここにはいられない


その夜は夜中に一度トイレを借り、翌朝早くもう一度借りた。
まだ寝ていることを期待したにも関わらず、彼は起きてテレビのニュースをつけたまま新聞を読んでいた。

挨拶不要と言われてもさすがに無視できず「おはようございます」と小声で言うと、顔も上げずに「おはようございます」と返してくれる。
このくらいは一緒に住んでいたって当たり前のことだ。


昨日黄色だったトイレのタオルはライトグリーンの水玉&きのこ柄に変わっていた。
きっと昨日のタオルと2~3枚色違いのセットで売られていたのだろう。
隣の洗濯機が回っているから黄色の方は多分洗濯中なんだな。

「あの・・・」

挨拶不要と言われると、声を掛けるのにもいちいち躊躇う。
それでも彼はやはり表情を変えないまま顔を上げた。

「これから毎朝、トイレ掃除は私がさせていただきます」

これは昨日から考えていたことだった。
こんなに迷惑をかけるのだから、このくらいは当然だ。

「別に必要ありません」

「いいえ、やらせてください」

ここは譲れない、と強く言い切ると、

「そうですか。ではどうぞ」

とやっぱり無関心そうに答えられた。

別にどういう反応をされても構わない。
用意してきた洗剤を便器にかけて少し放置。
その間に使い捨てワイパーで便器と床、壁、小窓の桟を拭いた。
私のトイレブラシは使用できない状態なので・・・拝借して磨き、水を流せば終わりだ。
自分の家でする掃除よりも心持ち丁寧にやったけれど、それでも5分程度。

終わってトイレを出ると、リビングに彼の姿はなかった。
2階で出勤の準備でもしているのかもしれない。

こうなってみるとメゾネットタイプはプライバシーが守られてとても便利だな。
もちろん、こんなことを想定して作られたものではないけれど。





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