ここにはいられない
何も言われなかったことに安心してトイレを済ませ、私の部屋へ走ると、
「ちょっとすみません」
と有無を言わせない声が掛かった。
先ほどの警察官が淡々とした態度でパジャマ姿の私に近づいてくる。
「こんな時間にどうしましたか?」
これが噂に聞く職務質問か!と少し感動すらしてしまった。
私の様子が尋常ではないと思っていたのだろう。
「あ・・・えっと、知人の家に用事があって」
「こんな夜中に?」
「はい。あの・・・トイレが故障しているので借りてます」
やましいことなど何もないのだからここは正直に答えた。
というよりも、警察官に質問されるという状況で自然な嘘をつけるほどの強心臓は持っていない。
警察官は街灯の灯りを頼りに用紙に何か書き付けたまま事務的に続ける。
「免許証はお持ちですか?」
「部屋の中にあるので取ってきてもいいですか?」
頷くのを確認して中に入り、お財布ごと取ってくる。
免許証を受け取った警察官はやはり何かを書きながら、「ご職業は?」と聞いてきた。
「公務員です。市役所の」
「ありがとうございました」と免許証を返され、不安な気持ちのまま待っていると、ようやく顔を上げて厳しい表情のまま見据えられる。
「のんびりしているようで物騒なことも多いですから、あまり出歩かない方がよろしいかと思います。特に、そのような格好では」
パジャマ姿をチラリと見られ、今更ながら身体を隠すように腕を巻き付ける。
「はい、わかりました」
一礼して自転車で去っていく警察官を見送って部屋に入る。
あっさり解放されたということはそれほど怪しまれなかったのだと思うけど。
まだたったの数日。
これが一月近く続くのだ。
また見咎められたら・・・。
トイレに行きたいという欲求を抑えることは不可能なのに、それが負担で仕方なくなっていた。