ここにはいられない
ようやく終わった時、一番の試練が待っている。
フロアの電気を消す、という試練が。
これを消してしまうと辺りは真っ暗。
職員用通用口は当直の人もいて明るいけれど、そこまではひたすらな闇だ。
頭の中でルートをシュミレーションする。
短距離の選手だったとしても10秒以上はかかってしまう距離だ。
真っ暗を10秒・・・泣きたい。
バッグを肩にしっかり掛けてスイッチに手を掛ける。
用意、スタート!
電気を消すと同時に走り出した。
リノリウムの床は滑りやすく、走ると転びそうで思ったよりスピードが出ない。
わああああん!
半泣きで通用口を目指していたから、階段から降りてきた人影に全く気付かなかった。
ドンッとぶつかって、謝る前に悲鳴が出た。
「きゃああああああ!!」
涙の向こうの人影が呆れたような声を出した。
「一体・・・何してるんですか?」
聞き覚えのある素っ気ない声のシルエットは、ぶつかった拍子にズレたメガネをくいっと直した。
相手がちゃんとした人間であり、しかも見知った人だったことで私は謝ることも忘れて、すっかり安心してしまった。
「はあああ、よかった」
「・・・大丈夫ですか?」
怪訝な声にようやく失礼に気付く。
「あ、すみませんでした!怪我とかしてませんか?」
「大丈夫です。あなたこそ何か急いでたのでは?」
「いえ、あの、大丈夫です」
そう答えたものの、黙ったまま見下ろす彼の態度は私の普通じゃない様子の説明を求めているようだった。
「えっと、暗いのが苦手で・・・。怖くて走ってました」