ここにはいられない
もういい大人がこんなこと言うのは恥ずかしかった。
お化け屋敷でキャーキャー騒ぐ女の子とも訳が違う。
私自身、本当に直せるものなら直したいところなのだから。
だけど彼なら、こんな理由でも大して気にしないだろうと思った。
何かに対して特別関心を示すような人じゃなさそうだから。
「ああ、そうですね。普段たくさんの人がいるのに誰もいないというのは、あまり気持ちのいいものじゃないから」
良くて「そうですか」と流されるか、最悪「いい大人が」とバカにされると思っていただけに、意外過ぎてじっと顔を見てしまう。
「・・・わかります?」
「うん。夜の職場は俺も好きじゃないです」
そう言ってゆっくり歩き出した彼が私を待ってくれていることはわかった。
追いつくと歩調を合わせてくれる。
たった一人一緒にいてくれるだけで、泣きたいほど怖かった場所が全然気にならなくなっていた。
「自転車?」
通用口を抜けると彼は辺りを見回してそう聞いてきた。
「はい」
私の答えを聞いて、そのまま自転車置き場に歩き出す。
みんな帰ってしまってスカスカになった自転車置き場で、私の自転車は簡単に見つかった。
彼も自分の自転車を見つけているだろうと思って、鍵を差し入れると、
「お疲れさまでした」
と反対方向に歩き出した。
そっちは駐車場なので、今日は車で来ていたらしい。
つまり、わざわざ私に付き合ってくれたのだ。
「あの、ありがとうございました!・・・また、あとでお邪魔します!」
彼は一度立ち止まって振り返り、まばたき一つを残して暗闇に向かって迷いなく歩き出す。
これは私のワガママなのだけど、もう少し「うん」とか「すん」とか、こちらの気持ちを受けてくれる余地があればいいのに、と思う。
コミュニケーションの大半が素通りしてもどかしい。
そんなことを考えながら彼の背中を見送って、それが庁舎の角に消えると、暗い庁舎が急に迫ってくるように感じた。
慌てて自転車を漕ぎ出す。
やっぱり一人で暗闇にいることは、まだまだ慣れそうにない。