ここにはいられない
「CADなんて使えるんだね」
「俺は作られた図面に書き足す程度だから、慣れれば誰でもできる。一から設計書作るとなると、別の技能が必要だよ」
「そうなの?でも私なんてパソコン全然ダメだから羨ましい」
看護師だってパソコンは使うけど、今の仕事の方が圧倒的に多い。
保健師の仕事だと思ってたから、公文書と向き合うことまで考えていなかった。
「専門知識や技能なら保健師の方があると思うけど」
「市役所で働いてるとよくわからなくなる。相談を受けて専門のところを紹介したり、医療に繋げたり、コーディネーターみたいなものなんだけど、専門性が微妙なんだよね。思ったより事務仕事多くて、もっとパソコンできたらよかったなー、って思う。あ、私が塗ったところ下手・・・」
千隼が塗ったところはキレイに均一なのに、私は少し離れて見ると濃淡が激しい。
塗り絵が得意だと思っていたのは、幼さゆえの錯覚だったらしい。
それでも千隼はやり直したりしないで、次に塗るところを指示してくる。
私も素直に黄色い色鉛筆を受け取った。
「専門性なんて言ったら行政職の公務員はもっと微妙だよ。3年ごとに部署が変わるんだから。だから目の前の仕事に集中する」
それがまるでこの色塗りであるかのように、千隼は丁寧に塗り上げて行く。
「あ、そうだ!チョコレートありがとう!おいしかったです」
タイミングを逃しに逃して言い忘れていた。
今がタイミングというわけではなかったけど、お礼はどうしても伝えたかったのだ。
千隼は一瞬手を止めて、俯いたままふっと笑った。
いつの頃からか返事が聞こえないのにも慣れていた。
ちゃんと伝わっているとわかるから気にならない。
聞けば答えてくれるし、慣れたらだいぶ会話もしてくれるようになった。
ゆっくりと朝の光が強くなる部屋に、サラサラという2本の色鉛筆の音が重なり合う。
もしかしたら、私は私が思っていた以上に、この生活を気に入っているのかもしれない。