ここにはいられない
6 残業とマリッジブルー
「忘れ物があったら教えてね」と言っておいたけど、千隼からは何の連絡もないまま2週間以上が過ぎた。
鍵につけたキーホルダーには気付いただろうに、あれは〈忘れ物〉と認識されなかったらしい。
今のアパートは4桁の暗証番号で開錠するタイプなので、家の鍵は存在しない。
どのみちキーホルダーは必要ない。
お互い同じペースで動いているせいか、朝給湯室に向かう時はかなりの確率で千隼とすれ違う。
色々な人に挨拶する流れのまま「おはようございます」と声を掛けると、小さく「おはようございます」と返してくれるけど、それだけ。
給湯室のドアが閉まっている時はやっぱり開けてくれるものの、黙々と開けてさーっといなくなるから、会話にならない。
後は現場に向かう千隼が公用車の鍵をブラブラさせながら子どもみらい課の前を通過していくのを、たまに見かける程度。
あんなことになるまでは知らない相手だっただけあって、接触はほとんどなかった。
一人になった私は、さほど新しいわけではないのに公舎と比べればピカピカのアパートで、不健康な生活を送っていた。
朝はトーストとコーヒーだけになり、残業が増えたせいで夜はコンビニやスーパーで買って帰る生活。
おかげでなんとなく体調も良くない。
トイレを我慢する必要はないし、お風呂だって気を使わずに入れるのに。
一人暮らしで健全な生活を維持するって、こんなに大変なことだったっけ?
食べてくれる人がいないからご飯を作っても張り合いがないし、どうせ待ってる人もいないんだ、って仕事を切り上げるタイミングも遅くなる。
こうやって月日が流れていくのなら、人生ってなんて虚しいんだろう。