ここにはいられない
大ちゃんはさっきまでと同じテンションでペラペラ面白おかしく話すのに、千隼は相槌ひとつ打たずにしばらく箸を動かしている。
なんとなく大ちゃんの話に付き合わなきゃいけないような気がして、今日の私はずっと食べるのを遠慮していた。
だけど千隼がマイペースにしているから肩の力が抜けて、ようやくメニューを開くことができた。
「お腹すいたから焼きおにぎりでも食べようかな」
「おお、食え食え!ここ何でもうまいから!」
焼おにぎりはきれいな三角に握られ香ばしい醤油が塗られていた。
それが横長の焼き物皿に二つ。
端にやわらかく白いたくあんが2切れ添えられている。
「菜乃、ほら来たぞ。ここのたくあんさ、ママの手作りでうまいんだよ」
大地が皿ごと私の方に押しやるのでお礼を言って、それでもお勧めは無視して焼おにぎりにかぶりついた。
するとスッと手が伸びてきて、たくあんはぱくっと千隼の口に収まった。
「おい、千隼。それ菜乃が頼んだやつだぞ。勝手に食うなって」
千隼はチラリと大ちゃんを一瞥したものの、更にもう一切れも食べてしまった。
そして全然悪そうでもなく、
「ああ、ごめん」
と言った。
「食い終わってから言うなって。菜乃、漬け物盛り合わせとか頼む?それもオススメ!」
黙ってビールを飲んでいる千隼の顔を見ていたから、大ちゃんの言葉には反応が遅れた。
「・・・ううん、大丈夫。ありがとう」
最後の言葉はそっと千隼に言った。
お刺身に箸を伸ばしていて全然反応はなかったけれど、絶対に伝わったという確信がある。