ここにはいられない
やっぱり実家に帰るという大ちゃんをタクシーに押し込むと、千隼は「送る」と歩き出した。
もう一緒の公舎じゃないから迷惑だと思ったけど、断ることはしなかった。
「タクシー?」
「ううん。ここからなら歩いてもそんなに遠くない」
千隼は私の新しいアパートを知らないので、私がほんの少し先を歩く。
「・・・ロマンチスト?」
「うるさい」
大ちゃんは『意外』と評したけど、私の知ってる千隼とロマンチストは全く矛盾なく一致する。
合理的な提案をするくせに、他人を住まわせるほど情に厚い人。
素っ気なくても厳しいことを言われても心が痛くないのは、根底にその優しさがあるから。
好きになって、想いが通じて、ずっと一緒にいたくて結婚する。
私はずっと第一段階で躓いたままだ。
大ちゃんへの気持ちはいつも行き止まりで、その先があるなんて考えられなかった。
想いを封じ込めることしかして来なかったせいで、大ちゃんと付き合った未来なんて想像したこともなかった。
「お相手が見つかってなくて良かったな」
「・・・・・・」
「さすがにそんな人がいたら、トイレなんて借りられなかったもん」
「事前に確認しなかったくせに」
「そこまで考える余裕なかったよ、あの時は」
さすがにトイレを借りて、そのまま住み込むことまで想像しない。
でも千隼だって彼女がいたら『寝起きしても構わない』なんて提案しなかっただろう。
「出会えるといいね。お互いに」