俺様ドクターに捕獲されました
* * *
「はい、終わりですね」
柑橘系のいい香りを吸い込みながら、患者さんに声をかける。この患者さんは抗がん剤治療をしているから、消化器系に効く柑橘系のアロマを使っている。
あまり好き嫌いのない香りだから、同室の患者さんにも好評だ。
「ああ、気持ちよかった。マッサージしてもらうと薬の副作用もいつもよりずいぶんマシなの。本当、天野さんの手は魔法の手ね」
「そう言っていただけるとうれしいです。柑橘系の香りは元気も出ますしね。私もマッサージしてたら明るい気持ちになりました。じゃあ、またあとできますね」
ニコニコと笑顔を作って、バスタオルを抱えて病室を出る。出た瞬間、貼りつけていた笑顔の仮面が外れた。ひとりでに深いため息が口から漏れて、一気に気分が重くなる。
明るい気分なんて大嘘だ。あの日から数日が経つが、私の気持ちは沈みきったまま、上がる気配さえ見せない。
彼は相変わらずの多忙ぶりで、話すことはおろか、顔さえろくに見れない日が続いている。
久しぶりに顔を合わせた今日は、朝の時間は彼の『充電』という名のイチャイチャで終わってしまった。それに、関係ないとまで言われてしまってはもうなにも言えない。