俺様ドクターに捕獲されました
「で、でも……」
なんとか逃げられる言い訳をしようとするが、佳乃さんは私の話を聞いてくずに私の言葉を遮った。
『彼も怒ってないから、大丈夫よ。悪かったって言ってたわ。宇佐美くんが謝ってるのなんて初めて聞いた。だから、戻って施術してあげて。お願い、里衣子ちゃん』
なんだろう、佳乃さん、すごく必死だ。どうしても行かせたいみたいな思惑が見え隠れしている。
だいたい、あの人が、怒っていないわけがない。まあ、それは今日の出来事だけ、ということではないだろう。十年前の、逃亡も含めてだ。
だけど、「これも仕事だから」という佳乃さんの言葉に、私は副店長という自分の立場を思い出す。
これは、オーナーから直々にお願いされた仕事だ。それがいくら相手が会いたくなかった人物とはいえ、逃げ出すのは社会人としていかがなものか。
そう思った私は、ぎゅっと目をつむり覚悟を決めた。
「……わかり、ました。戻ります」
『あ、ありがとう、里衣子ちゃん! お給料、上乗せしとくからね!』
絞り出すように答えた私にの悲壮感漂う声は、気がつかなかったらしい。そんなものはいらないから、このまま帰らせてほしい。
だけど、そんなことが言えるはずもなく、電話を切った私は憂鬱な気分のまま長いこと籠城していたトイレを出てエレベーターに向かって歩き出した。