俺様ドクターに捕獲されました


「ねえ、里衣子ちゃん。今のお客さんが最後よね? 今日、なにか用事はある?」

「いえ? 特にないですけど」


食事にでも誘われるのかと思い、そう答えると佳乃さんは、パンッと音をたてて私に手を合わせた。


「お願い! 里衣子ちゃん! 今から、出張でトリートメントお願いできないかな?」

「へ?」


うち、そんなサービスやってた? そんなことを聞いたのは初めてで、目を丸くする私を佳乃さんが上目遣いに見つめてくる。


「お願い、里衣子ちゃんにしか頼めないの。個人的な知り合いで、いつも私が出張でトリートメントをしてるんだけど。お義母さんが具合悪いみたいで、馨(かおる)の面倒を頼めないのよ。夫も、今日も遅くなるみたいだし」

馨くんは、五歳になる佳乃さんの息子さんだ。佳乃さんの旦那さんは、大学病院のお医者さん。忙しくて、いつも帰りが遅いのだと嘆いているのを何度も耳にしている。


「急にこんなことをお願いしてごめんね。ちょっと気難しい人なんだけど、里衣子ちゃんなら絶対に大丈夫だから! むしろ、里衣子ちゃんにしか頼めない。私もさすがに、帰らないわけにはいかなくて……」


それはそうだ。お義母さんが具合が悪いだなんて、心配に違いない。だけど、すぐにうなずくことはできなかった。


私は出張でトリートメントなんてしたことがないし、佳乃さんの代役なんて荷が重すぎる。

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