禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~【試し読み版】
ヘレンが生まれ育ったデュークワーズ王国は、今、戦火のさなかにある。
四方を山に囲まれ土地のほとんどが森を占めるこの小国は、裕福とは言えないながらも、侵略の憂き目にも合わず、五百年以上静かに安寧を守り続けた国だった。
その平和が破られたのは三年前。隣国ギルブルクが宣戦の布告もなしに侵略を開始してきたのが始まりである。
長年戦争を知らずに過ごしてきたデュークワーズにとって、それは青天の霹靂だった。
ギルブルクの激しい侵攻にデュークワーズは為すすべもなく、次々と主要な都市や要塞を陥落させた。幾つもの兵団が壊滅し財政は圧迫され、もはや国は瀕死の状態と言っていい有り様である。
今は女王や大臣らがギルブルクと交渉を重ねたり、他国へ協力要請をするなど奔走しているせいか、侵攻の手は一時的に治まっている。しかし、それも時間の問題で、王都はいつ攻め込まれてもおかしくない緊張を保っていた。
そんな折に、騎士を志願するなど自殺行為である。
いくら幼い頃から憧れていたとはいえ、昔とは状況がまったく変わってしまった今では、エイダがヘレンの騎士叙勲を喜べないのも当然だった。
それなのに、ヘレンの顔は晴れ晴れとしている。希望に目を輝かせている彼女の姿に、エイダはもう泣き言を零すことはできなかった。
同日、デュークワーズ王城。
城内の敷地にある常備兵用の詰所では、兵士たちが思い思いに過ごしていた。
休憩をとる者、ダブレットやかたびらの手入れをする者、剣の指南を受ける者。そんな中で密かに注目を浴びている者がいる。
不機嫌さを隠そうともせずに、さっきからずっと詰所内をウロウロとしているルーク・ガーディナーだった。
銀色にも近い薄鈍色の髪をクシャリと掻き上げては落ち着かなさそうにため息をついているその男は、弱冠二十三歳で王国最高位の叙勲を賜った武官である。
現在彼は将軍の階級を賜り、王国第一騎士団の団長と、女王近衛連隊隊長の立場にある。
代々武官を務めた名門の伯爵家長男で、幼い頃から騎士になるべく剣の腕を磨き続けた彼は、このたびの戦争で幾つもの武勲をあげた。
長身で均整のとれた逞しい肢体に、切れ長の瞳を持った凛々しい顔立ちの彼は見目も麗しく、デュークワーズではたちまち救国の騎士として人気を博した。しかし、彼はそんな名声などに興味はない。
ルークにとっては王家と国家に忠誠を誓う信義こそが騎士であった。剣を持ち、命尽きるまで君主を護り抜く。峻厳なほど自他にそれを求める彼は、まさに誉れ高い王国一の騎士であった。
そんな冷静で厳格なはずのルークが、今日は異様なほど落ち着かない様子を見せている。
詰所にいる兵士たちが気になって、横目で窺い見るのも当然といえよう。