禁恋~純潔の聖女と騎士団長の歪な愛~【試し読み版】
そんな兵士たちの気持ちを代弁するように、入口近くの椅子に座っていた赤髪の男が、ルークに声をかけた。
「ずいぶんと落ち着かないねえ。そんなに妹ぎみが心配かい? ルーク団長殿」
呼びかけられたルークは振り返ると、不快を露わにしながら男を睨んだ。
「心配なんじゃない。俺は苛ついてるだけだ、カルヴィン」
しかし、彼が鋭い眼差しを向けようとも、カルヴィンは人懐っこい笑顔をまったく崩す様子がない。
「またまたぁ、そんなこと言っちゃって。城中の噂だよ。騎士団長殿の妹はとんでもなくお転婆で、とんでもなく愛らしいってね。そんなかわいい妹が明日からここへ見習い騎士としてやって来るんだ。きみが心配するのも仕方ないことさ」
まるで勝手に共感するようにうんうんとうなずく彼の姿に、ルークは不機嫌を通り越し苦々しい表情を浮かべる。
「知ったふうな口をきくんじゃない。俺は苛ついているんだ」
ルークがドスンと音をたててテーブルを挟んだ向かいに座ると、カルヴィンは今度は不思議そうに目を大きくして尋ねてきた。
「いつも冷静なきみが珍しいね。なにがそんなに気に障るんだい? 兄のきみに続いて妹まで城のお抱え騎士団長なんて、誇らしいことこの上ないじゃないか。名誉ある百六十一代目〝聖騎士〟なんてさ」
聖騎士――通称〝聖女〟とも呼ばれるこの騎士号は、デュークワーズ独特のものだ。国で一番の歴史を誇る騎士号で、王家の紋章と並び国を象徴する存在と言われている。
この喜ばしい叙任のなにが不満なのかとばかりに、カルヴィンはそばかすのある鼻に皺を寄せながら問いかけてくる。
「なにが名誉なものか。〝聖騎士〟なんてろくに戦場にも出ない式典用のお飾り騎士じゃないか。貴族の娘で処女なら誰だって務まるこの任務のどこが誇らしいというんだ、馬鹿馬鹿しい」
心底馬鹿らしいといった口調でルークは語った。そしてさらに。
「そんなお飾りの騎士団長が、俺たちのこの女王陛下直属の第一騎士団と肩を並べて訓練するというんだ。この屈辱に苛ついてなにが悪い? しかも建前とはいえ聖騎士というだけで、少将の勲位付きだぞ。戦場にも出たことのない女が、カルヴィン、お前と同じ階級で悔しくないのか?」
憤慨を隠しもせずに言うと、堅い樫のテーブルをドンと拳で叩いた。
ルークのあまりの機嫌の悪さに、ほかのテーブルにいた兵士たちが怪訝な顔で注目する。しかし、カルヴィンだけは可笑しさをこらえてクツクツと口の中で笑うのだった。
「要はきみは、かわいい妹にそんなお飾りの騎士をやらせるのが嫌なんだね?」
「お前は人の話が理解できないのか? ……ああ、もういい。ヘレンは……聖騎士の訓練は副長であるお前に一任する。団長命令だからな」
忌々しげに吐き捨てるとルークは再び音をたてて立ち上がり、カルヴィンの顔を見ないようにして部屋の隅に向かって歩き出した。
「どこへ?」
「訓練場だ。剣でも振らなきゃやってられん」
ルークは壁に立てかけてある訓練用の剣を取りながら、そう無愛想に答えて部屋から出ていった。