いつか君と見たサクラはどこまでも
【桜井望】
緊張した空気が流れたリビング。家族みんなが私の方を向いている。
なぜなら、今私はこれから通うことになる中学の志望を決めているところだから。
私は特に行きたい学校なんてない。ただヴァイオリンが弾けたらいい。ただそれだけ。
「私は公立でいいよ。ヴァイオリンが弾けたらいいから」
私の答えには、みんなが納得してくれた。
「望のやりたいことをすればいい」
お父さんはそう言ってニコニコと笑ってくれた。
お父さんだけじゃない。お母さんも実華も納得してくれた。
そう、桜井家はいつも笑顔が絶えない素敵な家庭なのだ。
「私公立に行くことにしたんだ」
「まじ!?望賢いのにー」
みんなに報告すると大きな声で驚かれた。
なぜかわからないけど人一倍の学力は持っていた。どこで身につけたのかもよくわからないが。それが人から見たら勿体ないらしい。
私だけ公立。やっぱり離れ離れは不安かもしれない。だけどヴァイオリンさえあれば、私の生活から不安という字は消えるんだ。
受験も順調に合格して、見事に中学校に通うところまでこれた。
入学式にはお父さんとお母さんどちらとも来てくれた。きちんと行事に参加してくれる両親はかなり子供思いだと思う。
友達と離れ離れになったけど、別に新しい友達を作りたいという意欲はなかった。学校に行ければ充分。
「一人ずつ自己紹介しましょう」
優しそうな男の担任が言った。世にいう塩顔のような顔。
自己紹介ねぇ……特に言うことなんてないよね。名前と好きなものとよろしくと……
クラスメイトは次々と自分の特徴をアピールしていく。けど別にそんなの必要ないと思ってる私は普通にすることに。だって紹介でしょ?
「桜井望です。好きなものはヴァイオリンです。よろしくお願いします」
特に反応もなく私の番は終わった。私はそれでいい。
休み時間になっても特に目立ったことはしなかった。ずっと自分の席で本を読んでいるどこにでもいる生徒。
「何読んでるの?」
いきなり話しかけてきたのは全く知らないクラスメイトだった。
本当は話しかけられるのも嫌だった。だけどさすがに無視はいけないなと思うものだ。
「恋愛小説だけど」
「えー!意外!」
その子は私に興味を持ってくれたらしく、ずっとそばにいてくれた。
それからどんどん友達が増えていくのが嬉しくて、学校生活がこれまでとは大きく変わった。
友達なんていらない。そんな気持ちはどこか遠くへ行ってしまい、今はヴァイオリンを忘れるほどに友達を大切にしていた。
だがそう上手くはいかない。
ある日、部活動の紹介が体育館で行われた。
「ねぇ望は何部に入るの?」
そういや部活とか何も考えていなかった。初めから入る気なんてなかったかもしれない。
「うーん、わかんないや」
周りの友達はだいぶ前から希望を決めていたらしく、今日の日を待ち遠しくしていたらしい。みんなが入るのなら私も考えてみようかな。
私もみんなと同じように紹介を楽しむことにした。
しかしこの日は、私を大きく変えてしまった最悪の日だ。
初めは運動部。サッカー部、バスケ部、バレー部、野球部などたくさんの部活が紹介されていった。
そして文化部。美術部、茶道部、書道部……順々に紹介が終わっていく。
ついに最後の紹介だ。音が聞こえてすぐにわかった。
吹奏楽部だ。
指揮者の先生が前に出てきて礼をする。それと同時に生徒達が拍手をする。きっと演奏するんだ。
先生が手を大きく振る。その合図で演奏が始まった。
迫力のある音楽に乗って、吹部の部員はみんな楽しそうに音を奏でていた。
「私も混じりたい」
いつの間にかそんな欲が出てきてしまったんだ。
「望は吹部に入るの?」
「うん、決めた」
次の日に、さっそく吹部の顧問の浅倉先生に入部届けを出しに行った。
「私、ヴァイオリンやってるんです!だからヴァイオリン弾きたいです!」
突然の要望に先生はびっくりして戸惑っていたけど、すぐに受け入れてくれた。
「もちろん!むしろありがたいよ。うちの吹部にはヴァイオリンが一人もいないからね」
先生は大きく笑って私の肩を撫でてくれた。
私の居場所が一つ増えた気がした。学校でヴァイオリンが弾けるだなんて考えてもなかった。これからまた学校生活が楽しくなっていくのかな。
それ以来、朝は早く来て一人で音楽室に、放課後は遅くまで残って一人で音楽室に。音楽と二人っきりの時間はとても心地がよかった。
しかし、そんな楽しい時間はすぐに終わってしまうものだった。
私は、いつもそばにいてくれた友達を見捨ててまで音楽を優先してしまった。
ある日、友達と映画に行く約束をしていた私。だがその日はちょうどヴァイオリンのレッスンがあった日だった。普通の子なら友達を優先するはず。なのに私はヴァイオリンを優先してしまったんだ。
「望って私達のことどうでもいいんだね」
「そんなことない……」
「ヴァイオリンの方が大事なんでしょ。ならもう私達に近づかないでね」
人生で初めて絶望した日だった。ヴァイオリンが全てだったのは確かだっけど、ヴァイオリンのせいで全てがめちゃくちゃになってしまった。
ヴァイオリンのせいで……ヴァイオリンのせいで!
私はついにヴァイオリンという道を捨ててしまった。吹部も辞めてしまった。
「ねぇ望どうしちゃったの?」
「おまえはそれでいいのか?」
「もう一度やってみない?」
家族のみんなは、ヴァイオリンを弾かなくなった私を心配してくれた。特に実華は。
実華は小さい頃からピアノを習っていた。それから私の影響でヴァイオリンも習い始めたんだ。
実華はいつも私のことを理解してくれる大切な姉だった。実華がいたからここまでやってこれた。
けど違ったみたい。私にとってヴァイオリンは別物だったみたい。
音楽という幸せを失った私には"幸せ"というものがわからなくなってしまった。
"幸せ"ってなんなんだろう?
その答えはどこにもない。私は"幸せ"に見捨てられたんだ。"幸せ"の迷路に閉じ込められてしまったんだ。
出口はどこ?答えはどこ?
ねぇ、"幸せ"って何?
緊張した空気が流れたリビング。家族みんなが私の方を向いている。
なぜなら、今私はこれから通うことになる中学の志望を決めているところだから。
私は特に行きたい学校なんてない。ただヴァイオリンが弾けたらいい。ただそれだけ。
「私は公立でいいよ。ヴァイオリンが弾けたらいいから」
私の答えには、みんなが納得してくれた。
「望のやりたいことをすればいい」
お父さんはそう言ってニコニコと笑ってくれた。
お父さんだけじゃない。お母さんも実華も納得してくれた。
そう、桜井家はいつも笑顔が絶えない素敵な家庭なのだ。
「私公立に行くことにしたんだ」
「まじ!?望賢いのにー」
みんなに報告すると大きな声で驚かれた。
なぜかわからないけど人一倍の学力は持っていた。どこで身につけたのかもよくわからないが。それが人から見たら勿体ないらしい。
私だけ公立。やっぱり離れ離れは不安かもしれない。だけどヴァイオリンさえあれば、私の生活から不安という字は消えるんだ。
受験も順調に合格して、見事に中学校に通うところまでこれた。
入学式にはお父さんとお母さんどちらとも来てくれた。きちんと行事に参加してくれる両親はかなり子供思いだと思う。
友達と離れ離れになったけど、別に新しい友達を作りたいという意欲はなかった。学校に行ければ充分。
「一人ずつ自己紹介しましょう」
優しそうな男の担任が言った。世にいう塩顔のような顔。
自己紹介ねぇ……特に言うことなんてないよね。名前と好きなものとよろしくと……
クラスメイトは次々と自分の特徴をアピールしていく。けど別にそんなの必要ないと思ってる私は普通にすることに。だって紹介でしょ?
「桜井望です。好きなものはヴァイオリンです。よろしくお願いします」
特に反応もなく私の番は終わった。私はそれでいい。
休み時間になっても特に目立ったことはしなかった。ずっと自分の席で本を読んでいるどこにでもいる生徒。
「何読んでるの?」
いきなり話しかけてきたのは全く知らないクラスメイトだった。
本当は話しかけられるのも嫌だった。だけどさすがに無視はいけないなと思うものだ。
「恋愛小説だけど」
「えー!意外!」
その子は私に興味を持ってくれたらしく、ずっとそばにいてくれた。
それからどんどん友達が増えていくのが嬉しくて、学校生活がこれまでとは大きく変わった。
友達なんていらない。そんな気持ちはどこか遠くへ行ってしまい、今はヴァイオリンを忘れるほどに友達を大切にしていた。
だがそう上手くはいかない。
ある日、部活動の紹介が体育館で行われた。
「ねぇ望は何部に入るの?」
そういや部活とか何も考えていなかった。初めから入る気なんてなかったかもしれない。
「うーん、わかんないや」
周りの友達はだいぶ前から希望を決めていたらしく、今日の日を待ち遠しくしていたらしい。みんなが入るのなら私も考えてみようかな。
私もみんなと同じように紹介を楽しむことにした。
しかしこの日は、私を大きく変えてしまった最悪の日だ。
初めは運動部。サッカー部、バスケ部、バレー部、野球部などたくさんの部活が紹介されていった。
そして文化部。美術部、茶道部、書道部……順々に紹介が終わっていく。
ついに最後の紹介だ。音が聞こえてすぐにわかった。
吹奏楽部だ。
指揮者の先生が前に出てきて礼をする。それと同時に生徒達が拍手をする。きっと演奏するんだ。
先生が手を大きく振る。その合図で演奏が始まった。
迫力のある音楽に乗って、吹部の部員はみんな楽しそうに音を奏でていた。
「私も混じりたい」
いつの間にかそんな欲が出てきてしまったんだ。
「望は吹部に入るの?」
「うん、決めた」
次の日に、さっそく吹部の顧問の浅倉先生に入部届けを出しに行った。
「私、ヴァイオリンやってるんです!だからヴァイオリン弾きたいです!」
突然の要望に先生はびっくりして戸惑っていたけど、すぐに受け入れてくれた。
「もちろん!むしろありがたいよ。うちの吹部にはヴァイオリンが一人もいないからね」
先生は大きく笑って私の肩を撫でてくれた。
私の居場所が一つ増えた気がした。学校でヴァイオリンが弾けるだなんて考えてもなかった。これからまた学校生活が楽しくなっていくのかな。
それ以来、朝は早く来て一人で音楽室に、放課後は遅くまで残って一人で音楽室に。音楽と二人っきりの時間はとても心地がよかった。
しかし、そんな楽しい時間はすぐに終わってしまうものだった。
私は、いつもそばにいてくれた友達を見捨ててまで音楽を優先してしまった。
ある日、友達と映画に行く約束をしていた私。だがその日はちょうどヴァイオリンのレッスンがあった日だった。普通の子なら友達を優先するはず。なのに私はヴァイオリンを優先してしまったんだ。
「望って私達のことどうでもいいんだね」
「そんなことない……」
「ヴァイオリンの方が大事なんでしょ。ならもう私達に近づかないでね」
人生で初めて絶望した日だった。ヴァイオリンが全てだったのは確かだっけど、ヴァイオリンのせいで全てがめちゃくちゃになってしまった。
ヴァイオリンのせいで……ヴァイオリンのせいで!
私はついにヴァイオリンという道を捨ててしまった。吹部も辞めてしまった。
「ねぇ望どうしちゃったの?」
「おまえはそれでいいのか?」
「もう一度やってみない?」
家族のみんなは、ヴァイオリンを弾かなくなった私を心配してくれた。特に実華は。
実華は小さい頃からピアノを習っていた。それから私の影響でヴァイオリンも習い始めたんだ。
実華はいつも私のことを理解してくれる大切な姉だった。実華がいたからここまでやってこれた。
けど違ったみたい。私にとってヴァイオリンは別物だったみたい。
音楽という幸せを失った私には"幸せ"というものがわからなくなってしまった。
"幸せ"ってなんなんだろう?
その答えはどこにもない。私は"幸せ"に見捨てられたんだ。"幸せ"の迷路に閉じ込められてしまったんだ。
出口はどこ?答えはどこ?
ねぇ、"幸せ"って何?