いつか君と見たサクラはどこまでも
あれから私達は、翔くんのいる病室に戻ることにした。

病室には淋しそうにご飯を食べている翔くんがいた。そういや、もうお昼すぎているのか。

ぐーっとなるお腹の音を抑えて、翔くんのそばによる。

「父さんまだかな」

翔くんは、はぁーとため息をつきながらそう言った。

その声と同時に、病室のスライド式のドアが開いた。

「父さん……」

そこには車椅子に乗ったお父さんがいた。

お父さんも翔くんをじっと見つめていた。その眼差しはとても優しいものだった。まるで翔くんを包み込んでいるような。

その後ろには赤坂と愛佳が立っている。二人は何も言葉を発さずに中に入ってきた。

お父さんは翔くんの隣まで行くと、そばに置いてあった例のノートを手に取った。

そしてペラペラとページをめくっていった。

「なぁ、父さんは俺に何を望んでるの?」

お父さんは手元にあったノートから目線を外して、翔くんに目を向けた。

そして翔くんの手を握りしめて口を開けた。

「父さんはお前に望んでいることはなんにもない。ただ幸せに生きてくれていれればそれで充分」

翔くんはその手を振り払うことなんてなかった。

じっと目を見つめて話を聞いていた。

もしかしたらお父さんとお母さんの意見が行き違っているのかも……

「俺、何のために受験するのかわからないんだよ。将来何になればいいのかもわからないし、自分が何に向かっているのかわからないんだよ」

苦しそうに語る翔くんは、あの時の赤坂に少し似ていた。いつもは全く似ていないのに、苦しむ表情はそっくり。

お父さんはうーん、と考えてからまた翔くんの手を握った。

「それはまだ決めなくても大丈夫だ。いつかきっと大切な人に出逢えるから。それに受験だってしたくなかったらしなくていいんだよ」
「ちょっとお父さん」

受験のことはさすがにいけないと思ったのか、香さんが横から口を挟んだ。

「翔は今までずっと勉強してきたのよ。それを全て台無しにさせてしまうの?」

少し掠れた声で語りかけた。それは親バカだからじゃない。本気で心配しているようだった。

「受験をやめろとは言ってない。やめたければやめろと言っただけだ。それは翔自身で決めることだ」

でも、と言っても言葉は続かなかった。

翔くんもそれに対して答えることはなかった。

それもそうだ。
だって自分で決めるってとても難しいことだもの。

自分で決めるとは、正解か間違いかは自分で選んだ道次第ということ。きっと何度も迷うし、何度も悩むし、何度もやめたくなってしまうかもしれない。

翔くんはそれをわかっているのだろう。しかし、お父さんはそれが翔くんに合っていると感じたのだと思う。

「あともう一つ、翔と優馬どちらともにも知っといてほしい」

お父さんの手はまたノートに戻った。

翔くんは下を俯いて、ギュッとシーツを握っていた。

赤坂はちゃんとそばに寄って、話を聞こうとしていた。

「子育てって、お前らが思っている以上に難しいんだぞ。泣き止んでほしくても泣き止まないし、言葉がわからないから何でもするし、本当にストレスが溜まるんだ」

その言葉を聞いた瞬間、香さんがビクッと体を震わせた。

「だから母さんだってたくさん大変な思いしたんだよ。何度も悩まされて、苦しまされて。でも今となってはその苦難が幸せへと変わった。何が言いたいかわかるか?」

翔くんは黙りこんでいた。シーツを握る力を強くして。

香さんは驚いた顔でお父さんを見ていた。きっと今までこんなことを言うことはなかったのだろう。

「母さんが過去にしたこと。確かに過ちを犯した。でもそれは過去のことだよな。それをずっと引きずるよりは今を生きよう。母さんにも頑張ってもらえばいいんだ」

お父さんはそう言うと少し微笑んだ。

その言葉は前に私が言った言葉と似ていた。

やっぱり大切なことなんだろう。

お父さんの話を聞いて私達も考えさせられた。

親とは何か。子供とは何か。

考えるべきことはたくさんあるんだって。
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