いつか君と見たサクラはどこまでも
【赤坂優馬】
リビングで勉強しようと思ったら、そこには弟の翔がいた。
机の上には勉強したあとが残っていて、その上で寝てしまっていた。
「翔。今日塾じゃないのか?早く起き……」
「うるせーな……自分の心配した方がいいんじゃない?」
寝起きだから不機嫌なわけじゃない。翔は小学生のくせにすごく口が悪いんだ。俺のことなんて兄とも思ってないらしいし。
「俺は勉強してるから……それなりに」
何か言っときたくてそれだけ言っといた。
別に全く勉強してないわけじゃない。ただ、学力が目標に及ばないだけ。
俺が成績上位だったときは家族みんな優しく接してくれた。今よりもずっと優しくて、どんなことでも気にかけてくれた。
だけど二位になってしまえばみんな変わるんだ。
「おまえは賢くなんかない。勉強できないアホだ」って。
さっさとこんな苦痛から抜け出したいが、なかなか桜井を抜かせないんだ。
「母さん、今日は自転車で行ってくるよ!」
翔が二階にいる母さんに向かって叫んだ。
すると母さんが急いで階段を下りてきた。そして力強く翔の肩をつかむ。
「ダメ。もうすぐで受験だっていうのに、事故に巻き込まれてしまったら大変じゃない!」
俺ならきっとこんなこと言われないんだろうな。もしかしたら、事故にあった方が幸せなのかもしれない。
「母さんが車で連れてくから」
「うん」と可愛らしく頷く翔が正直気持ち悪かった。いや、母さんもなかなかだ。
「あ、優馬。翔連れてくから勉強しときなさーい」
母さんは、さっきとは全く違う声で俺に呼びかけた。
ガチャと鍵の閉まる音がするとやっと気が楽になる。
いや、忘れてた。父さんがいる。
気が抜けないなーなんて思いながらも机にテキストを広げる。シャーペンを持ってノートを開く。そして問題を解く。ページをめくる。
勉強なんてずっと同じことの繰り返し。面白くない。楽しくない。だけどそれが当たり前の世界になったんだから仕方ないんだよな。
ちょっと飽きてきて、バッグに勉強道具を入れて、二階へ上がった。
俺の部屋は一番手前。上がったらすぐあるから楽。でも裏を返せば、上がったらすぐあるから様子を見られやすい。みんな俺を監視するんだ。
俺、もう高三だぞ?大学生になるんだぞ?そんな心配不必要なんだけど。でもそんなこと言ってしまえば、もっと酷い扱いを受けることになるのだろう。
バッグをそこら辺に放り投げて、ベッドに飛び込んだ。
どうして自由になれないんだ……
どうして自分の好きな職に就けないんだ……
涙が頬を伝う。すぐに感情がこみ上げてしまう。こんな弱虫だから困るんだ。だからバカにされるんだ。
「起きなさい!!」
いつの間にか俺は寝てしまっていたようで、母さんの怒声を浴びて目が覚めた。目覚めが悪いな。
「勉強してなさいって言ったでしょ!?」
「勉強してたよ……」
「じゃあどうしてここで寝てたの!」
「それは……」
言い返せない……上手く言葉が出てこない……でもここで言い返さないと……!
──パチンッ
母さんの手が勢いよく俺の頬に当たった。ビンタされるのはいつものこと。翔には何があってもやらないと思うけど。
「あんたはほんとに役に立たないのね!お父さんのこと死んでほしいとでも思ってるの!?」
「そんなこと……」
「そう言ってるのと同じよ!」
「そんなことない!」
父さんの笑顔が脳裏をよぎる。
小さい頃、一番遊んでくれたのは父さんだった。
父さんは仕事も一生懸命に取り組んでいた。特にすごい人という訳でもなかったが。
だけど俺はそんな父さんに憧れて、父さんみたいな一生懸命働ける会社員になりたかった。
なのに……
「俺は父さんに憧れてたんだよ……それを壊したのは誰のせいだ?」
母さんだ。母さんが翔のことに尽くしすぎたせいで、父さんは精神的に疲れてしまった。
それが始まりだったんだ。俺は知ってた。父さんのことならなんでもわかった。
「何を言ってるの?いいからさっさと勉強しなさい!」
勢いをつけて部屋のドアを閉めていく。
ぶたれた頬がヒリヒリした。
お風呂あがり、リビングで水を飲んでいると、母さんが寄ってきた。
「これ、お父さんに」
渡されたのはお盆。お盆の上には温かいお茶とサラダが置かれていた。なんて少ない夕飯なんだろう。母さんこそ父さんのこと死んでほしいと思ってるんじゃないかと思う。けどそんなこと何があっても言えるわけがない。
トントンと軽くノックをする。ゆっくりとドアを開けると、読書をしている父さんがいた。
父さんは「おう」と微笑みかけてくる。まるで病人になんか見えない。
「はい、夜ご飯」
俺は愛想悪くお盆を机に置いた。「うん」と軽く返事が返ってくる。
ちなみに父さんの読んでる本は『少年のアリカ』。桜井も読んでる本だけど、この本は母さんが書いたもの。
絶対俺は読まない。読むわけがない。
部屋を出るとため息が漏れる。静かな場所は好きだけど、沈黙は嫌いだ。
特に父さんとの沈黙。俺の気持ちなんてきっと何も知らないだろう。
それが親ってものなのか。
だから俺は親が嫌いなんだ。
リビングで勉強しようと思ったら、そこには弟の翔がいた。
机の上には勉強したあとが残っていて、その上で寝てしまっていた。
「翔。今日塾じゃないのか?早く起き……」
「うるせーな……自分の心配した方がいいんじゃない?」
寝起きだから不機嫌なわけじゃない。翔は小学生のくせにすごく口が悪いんだ。俺のことなんて兄とも思ってないらしいし。
「俺は勉強してるから……それなりに」
何か言っときたくてそれだけ言っといた。
別に全く勉強してないわけじゃない。ただ、学力が目標に及ばないだけ。
俺が成績上位だったときは家族みんな優しく接してくれた。今よりもずっと優しくて、どんなことでも気にかけてくれた。
だけど二位になってしまえばみんな変わるんだ。
「おまえは賢くなんかない。勉強できないアホだ」って。
さっさとこんな苦痛から抜け出したいが、なかなか桜井を抜かせないんだ。
「母さん、今日は自転車で行ってくるよ!」
翔が二階にいる母さんに向かって叫んだ。
すると母さんが急いで階段を下りてきた。そして力強く翔の肩をつかむ。
「ダメ。もうすぐで受験だっていうのに、事故に巻き込まれてしまったら大変じゃない!」
俺ならきっとこんなこと言われないんだろうな。もしかしたら、事故にあった方が幸せなのかもしれない。
「母さんが車で連れてくから」
「うん」と可愛らしく頷く翔が正直気持ち悪かった。いや、母さんもなかなかだ。
「あ、優馬。翔連れてくから勉強しときなさーい」
母さんは、さっきとは全く違う声で俺に呼びかけた。
ガチャと鍵の閉まる音がするとやっと気が楽になる。
いや、忘れてた。父さんがいる。
気が抜けないなーなんて思いながらも机にテキストを広げる。シャーペンを持ってノートを開く。そして問題を解く。ページをめくる。
勉強なんてずっと同じことの繰り返し。面白くない。楽しくない。だけどそれが当たり前の世界になったんだから仕方ないんだよな。
ちょっと飽きてきて、バッグに勉強道具を入れて、二階へ上がった。
俺の部屋は一番手前。上がったらすぐあるから楽。でも裏を返せば、上がったらすぐあるから様子を見られやすい。みんな俺を監視するんだ。
俺、もう高三だぞ?大学生になるんだぞ?そんな心配不必要なんだけど。でもそんなこと言ってしまえば、もっと酷い扱いを受けることになるのだろう。
バッグをそこら辺に放り投げて、ベッドに飛び込んだ。
どうして自由になれないんだ……
どうして自分の好きな職に就けないんだ……
涙が頬を伝う。すぐに感情がこみ上げてしまう。こんな弱虫だから困るんだ。だからバカにされるんだ。
「起きなさい!!」
いつの間にか俺は寝てしまっていたようで、母さんの怒声を浴びて目が覚めた。目覚めが悪いな。
「勉強してなさいって言ったでしょ!?」
「勉強してたよ……」
「じゃあどうしてここで寝てたの!」
「それは……」
言い返せない……上手く言葉が出てこない……でもここで言い返さないと……!
──パチンッ
母さんの手が勢いよく俺の頬に当たった。ビンタされるのはいつものこと。翔には何があってもやらないと思うけど。
「あんたはほんとに役に立たないのね!お父さんのこと死んでほしいとでも思ってるの!?」
「そんなこと……」
「そう言ってるのと同じよ!」
「そんなことない!」
父さんの笑顔が脳裏をよぎる。
小さい頃、一番遊んでくれたのは父さんだった。
父さんは仕事も一生懸命に取り組んでいた。特にすごい人という訳でもなかったが。
だけど俺はそんな父さんに憧れて、父さんみたいな一生懸命働ける会社員になりたかった。
なのに……
「俺は父さんに憧れてたんだよ……それを壊したのは誰のせいだ?」
母さんだ。母さんが翔のことに尽くしすぎたせいで、父さんは精神的に疲れてしまった。
それが始まりだったんだ。俺は知ってた。父さんのことならなんでもわかった。
「何を言ってるの?いいからさっさと勉強しなさい!」
勢いをつけて部屋のドアを閉めていく。
ぶたれた頬がヒリヒリした。
お風呂あがり、リビングで水を飲んでいると、母さんが寄ってきた。
「これ、お父さんに」
渡されたのはお盆。お盆の上には温かいお茶とサラダが置かれていた。なんて少ない夕飯なんだろう。母さんこそ父さんのこと死んでほしいと思ってるんじゃないかと思う。けどそんなこと何があっても言えるわけがない。
トントンと軽くノックをする。ゆっくりとドアを開けると、読書をしている父さんがいた。
父さんは「おう」と微笑みかけてくる。まるで病人になんか見えない。
「はい、夜ご飯」
俺は愛想悪くお盆を机に置いた。「うん」と軽く返事が返ってくる。
ちなみに父さんの読んでる本は『少年のアリカ』。桜井も読んでる本だけど、この本は母さんが書いたもの。
絶対俺は読まない。読むわけがない。
部屋を出るとため息が漏れる。静かな場所は好きだけど、沈黙は嫌いだ。
特に父さんとの沈黙。俺の気持ちなんてきっと何も知らないだろう。
それが親ってものなのか。
だから俺は親が嫌いなんだ。