いつか君と見たサクラはどこまでも
【赤坂優馬】
桜の木がよく見える俺達の教室。

俺達二人は窓に寄りかかって桜を眺めていた。

もう放課後になっていて、合格発表まであと少しとなっていた。

「受験はどうだった?」

桜井が遠くを眺めながらそう言った。

「悔いはないよ」

父さんの言う通り、俺は悔いなくやりきれた気がする。

「そうか、よかった。私も一緒だ」

桜井はふふ、と笑って俺の方を向いた。

「合格しても合格しなくても、お互い離れ離れになるね」
「うん、悲しいかも」

いつでもどこでも一緒だったし、何事も二人で乗り越えてきた。俺達は二人で一つだ。離れられるわけがない。

最後には恋心までも抱いてしまうほどだったからな。

「あ、いいこと考えた」

桜井は目の前に咲いている桜を指さして、そう言った。

「毎年、お互いの場所で桜が咲いたら手紙を送ろうよ。そうしたら、いつでも思い出せるでしょ」

離れ離れになる代わりに、手紙を送り合うのか。なんか素敵だな。

「それ、いいと思うよ。それだけでも、お互いのことわかるし」

桜は年中咲いているわけではない。

咲いたと思えばすぐに散ってしまう。

桜は出逢いと別れを見守る存在なんだ。ただそれのためだけに、生まれてきたのかもしれない。

「手紙待ってる」
「そう言っといて送らないのなしだからね」
「送るに決まってるだろ!」

桜井はぷっと笑って俺の顔を見た。ちょっと腹が立ったけど、なんだか心はホッコリした気がした。

「あ、『少年のアリカ』の最終巻、発売されたんだよ!」

桜井はキラキラと目を輝かせて言った。

俺と翔がモデルになっているという小説……

いったい最後はどうなるのか。

「最後は、主人公の少年が受験に合格するの。それで、家族みんなでお祝いするんだ」
「合格したんだ……」

母さんが俺と翔のどっちをモデルにしたのかはわからない。だけど、きっと俺を認めてくれたことには間違いはないのだろう。

「ねぇ、"幸せ"の意味、見つけられた?」

そういえば、約束していた。

あの思い出あふれる冬休み。

二人で丘の上で約束したこと。

──"幸せ"の意味を見つけてくる

あの日、初めて自分の本心を打ち明けた。

苦しくて、辛くて、たまらなかったあの時。俺達はまだ知らなかった"幸せ"の意味。二人で見つけてこようって約束した。

「俺は見つけたよ。自分が自分の道を進んでいる時。それが俺は"幸せ"だと思う」

父さんから教えてもらったこと。あれが俺を勇気づけてくれた。

自分らしく生きられることは、とても"幸せ"なんだなって思えたんだ。

「私も見つけた。それは大切な人がいるっていうこと。家族だってそうだし、私にとっては赤坂も大切な人。一緒にいることがあたりまえだったけど、急にいなくなっちゃうこともあるよね」

桜井はきっと翔のことを言っているのだろう。

翔は俺にとって、たった一人の大切な弟だった。

そばにいることは日常で、家族として離れることなんてなかったのに、急にいなくなってしまった。

あたりまえがあたりまえじゃなくなる時、それが"不幸"なのかもしれない。

「だから私ね、大切な人からは、絶対に離れないって決めたの。だからちゃんと手紙送ってね?」

桜井はニッコリ笑ってみせた。その笑顔はいつもと変わらないもので、俺を元気にしてくれるものだった。

きっと"幸せ"には色んな意味があって、"自分らしく生きる"ことも"幸せ"なんだろうし、"大切な人がいる"ことも"幸せ"なのだろう。

人それぞれ"幸せ"は違って、その"幸せ"を知った時、一番"幸せ"になれるんじゃないかな。

「ありがとうね、赤坂」

桜井はスッと手を差し出した。

桜井からは色んなことを学んだし、共に支え合ってきたし、本当に特別な存在だった。

たまには喧嘩することだってあったけど、結局は二人で一つなんだ。離れることなんてきっとない。

「こちらこそ、ありがとう、桜井」

俺はその手を握り、いつもと同じ笑顔をみせた。

「いつまでもライバルだからね」
「うん。負けないから」

俺達はいつまでも一緒、そしていつまでも戦い続けるライバル"だ。

たとえ遠く離れたとしても、ずっと心は繋がっている。それは途切れることのない丈夫なもので、どんなものでも離すことができない。

春風がカーテンをふわりと揺らした。

運命の時間がやってきたみたい。

「やっとだね」

少し悲しげに桜井は笑った。

俺はうん、と頷いてバッグからケータイを取り出した。

ドキドキしながらも、ホームページに受験番号を入力して、クリックした。




そこにある言葉は、ただ一語



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